〜プロローグ①〜
「先輩! 今です!」
千晶は学院の先輩・セケレに合図を送る。
龍神型巨大ロボット・フォーサンゼルによる生徒の手合わせは、いよいよ佳境へと突入する。
「おう! お前の作ってくれた、最後の切り札だな!」
セケレは千晶の言葉に、叫んで返す。
「ふん、よそ見をするとは! 随分と余裕なものだな!」
セケレの対戦相手・オッテングルは隙ありとばかり、自分のジェットラグーンの翼部スラスターを素早くかつ繊細に動かす。
スピードはまさに目にも止まらぬほどで、セケレの乗機との間合いに入り込み、懐に剣を向ける。
まさにオッテングルが学院指折りたる所以であり、これに追いつかれて無事な者などそうは居まい一一
しかし、セケレもまたオッテングルの動きを読んでいた。
「馬鹿な! お前ごときの凡人に」
「いいや、できるさ。……ストロベリー・アナリティカル・クリティカル!」
セケレは技名(どんな名前だ)を叫ぶ。
果たして、セケレの宣言通り。
「おりゃあああ!」
「ぐっ、ぐはあ!」
セケレの乗機は、オッテングル機の剣を悉くいなし。
相手の剣の反動で自分の剣の振りを強くし、吹き飛ばす。
「そこまで! 勝者、セケレ! 『冬イチゴのショートケーキ』の勝ち!」
「やったー! ……愛してるぜ、マイハニー♡」
商品・食品やサービスプランを取り込み、そのクオリティの高さを戦闘能力の高さへと転化するシステム・パワートランスレータ。
今回は、それぞれそのシステムを使い、菓子科に所属する自身の想い人のケーキを取り込んだ生徒同士の、菓子コンペティションもとい戦いであった。
セケレは乗機の右手を使い、客席のマイハニー(彼女)に向けて投げキスをする。
「くう、何故だ! 何故私たちの美しいケーキが、貴様たちのような地味なケーキに負ける!」
「ケーキは、派手さじゃねえ!」
「何?」
悔しがるオッテングルに、セケレは言葉を浴びせる。
「苺のさわやかさで活性化された脳による瞬時の状況把握、そして軽いクリームとスポンジにより早く消化される即効性エネルギーチャージ……それが売りだ!」
「何、だと……」
「彼女のケーキは見た目こそシンプルだが、お前の女の豪華ケーキを取り込んだお前の乗機より俺の力を強くしたんだ! 参ったか!」
「くっ……覚えていろ! この屈辱は次に果たす!」
そう言うやオッテングルは乗機のスラスタを吹かし、尻尾を巻くようにして逃げた。
「ダーリン♡」
「マイハニー!」
客席に行くなり、セケレとその彼女は離れていた寸暇を取り戻すかのごとくイチャつき始める。
「はっはっは、見たかユユウ! 俺があのムカつくオッテングルの鼻をへし折ってやったぞ!」
「あ、そうですね……まあリア充bいえ何でもないです……おめでとう、そして感謝しろよください。」
「おうおう、ありがとな!」
セケレはすっかり上機嫌で、ユユウ一一千晶の慇懃無礼な言葉を何とも思わずにお礼を言う。
「そうだな、あの技を考えてくれたのはお前だ! なんてったって技師としてこの上ない働き方をしてくれたんだからな!」
「そう思うんだったら、もっと言われなくても感謝してくださいよ!」
「分かった分かった、最高の技師さん!」
「もう、棒読みチックなんだから……それに、技師じゃありません。」
ユユウはここ大事と言わんばかりに胸を張り、えへんと言ってから宣言する。
「技師ならぬ、技師です!」
普通の高校生が、まさかこんな世界一一E世界で技師をやるとは。
それが始まったのは、あの日から一一
何やら駆動音とも、関節の軋む音ともつかぬものが響き、ふと千晶は眼を覚ます。
「何だ? ここ……」
あれ? さっきまで家の自室じゃなかったか?
訝しんで、周りを見渡すと。
「おお、見ろ! 俺たちの子供だぞ!」
「あんた、はしゃぎすぎ……まあ、可愛くはないけどね。」
何やら若い男と女が千晶を見上げている。
ん? 子供?
男のその言葉は、どうやら自分に向けられたものだと気づいた千晶は。
ええええ!?
な、何だって子供? おいおい冗談は顔だけにしろよ。
第一、あんたら親だろ? 生まれて間もない我が子を、高い高いするでもなく見上げる親がどこに……
ふと、自分の手を見て絶句した。
それは何やら、獣のような。いや、この感触は機械を少し連想させるが。
「うわあああ! そ、そうか……俺は化け物に」
そこまで言いかけて、こんどは呆れた。自分に。
自分にはちゃんと、本来の人間らしい腕が備わっている。
そして先ほどの獣腕は、目の前の丸いモニターのようなものを介して見ていたものだった。
そう、ここは操縦席。自分は何やら、ロボットに乗っていたようだ。
「おーい、息子よ! ひとまず素顔を見せるために降りてきてくれよ!」
千晶の乗る、ロボット? の足元の男が叫ぶ。この人がこの世界の、父親ってことか?
「ええ……でも、降りるってどうすれば……」
「まあ中のパネル! 色々アイコンがついているだろ? 適当にいじれば、分かるって!」
はあ? 適当に?
まったく、そういう説明ほどされて困るものはないんですけど。
千晶が言うでもなく、心の中で無意味に毒突きつつも。
言われた通りに適当にパネルをいじっていると、果たして。
「あ、これかな……」
何やら、それらしいアイコン一一デカイロボットから人が降りて来るようなデザインのものが。
しかし、押すと。
突然前方のモニターがついた場所が乱暴に開き、千晶は外へ投げ出された。
「うわあああ! ……痛ってえ……」
下は草むらだったが、出る時の勢いが勢いだけに。
尻をしたたか打ってしまった。
「大丈夫かい? 息子よ。」
そう言いながら、手を差し伸べてくれたのは。
この世界の、父親。
だけれど。
「うん、ありがとう。」
「ええ? 何だ、それだけかい? ……さあ、言ってごらん。お父さーん?」
「……えっと。」
割合面倒くさいというのが素直なところだったが。
まあ、ここは乗ってやるか。
「お、お父、さーん……」
「おおお! いいぞユユウ! だがいいか、男ならもっと元気でなければだめだ。さあ言ってごらん、もうい……たい!」
調子に乗った父親。
しかし、最後には母親の鉄拳制裁を受けて押し黙る。
「もういい加減にしな、あんた! ……ごめん、ユユウ。」
「ああ、いいよ母さん……ん? ユユウ!?」
「ん? 何驚いてんの、今更。」
千晶は身体ごと驚く。
確かにさっきユユウとは呼ばれたが、自分でもよくわからない内にスルーしてしまっていた。
「え? 何言ってんですか! 俺は男子高校生、和切一一」
「あ、待って! ここではリアルの名前を明かしちゃうことはタブーだから。」
母親が千晶一一もとい、ユユウの口に右の人差し指を翳す。
やはりまだ若い女である。
上目遣いの彼女と目が合い、尚且つ人差し指を翳されユユウはどきりとする。
「い、いや……すいません。」
「おう何だユユウ? さてはお前童T(ry……痛ってえ!」
相変わらずお調子者な父親を、今度は母親が思い切り蹴飛ばす。
「次言ったら……ロボットの足で蹴り飛ばすからね♡」
「は……はい、しゅみむあしぇん」
なるほど、これが鬼嫁……ならぬ、良妻賢母か。
「おほん。……さあて、ユユウちゃん? 色々説明しないとね。」
「は、はい。えっと……すいません、ここは」
「えっとね、ゲームの世界。」
それもスルーしていたが、なるほど。
ここはゲームの世界だったのか。
俗にいう異世界転生、というやつだったら面白かったのに。
とは思わない。
だって、まだ童T(ryだし。
現実世界に未練タラタラさ。
そんなことを考える間も無く、母親はそこまで説明すると。
すっくと立ち上がり、まだ痛みに悶えている父親を促す。
「ほらあんた! ユユウに見せないといけないでしょ?」
「痛た……あ、ああそうだな。」
「ほらユユウ! こっちおいで!」
母親がおいでおいでする。
うん、いくら美人さんでも、ガキ扱いされるのはちょっといやだな。
千晶は少しふくれつつ、おいでおいでされるがままに両親の元へ行く。
「さあ……再乗機!」
千晶が驚いたことに、両親はどちらも慣れた様子で目をつぶり、何もない中空を指でタップする。
すると、突如。
両親はどちらも、さっき千晶が乗っていたロボットと同じものに姿を変えた。
「う、うわあ!」
「何驚いてんの? ほら、ユユウも自分のサンゼルにまた乗って!」
「え? えっとモン……?」
突然のことだらけで思考が追いつかない千晶だが。
また乗ってと言うぐらいだから、さっき乗っていたロボット一一モンスドラグーンと言うらしい一一のことらしい。
そうか、確かさっきモンスドラグーンから降りた(弾き出された)場所は一一
千晶は周りを見渡すが、そこで狐につままれた気分になった。
さっきまで乗っていたモンスドラグーンが、ない。
「えええ!? 嘘でしょ!?」
「何やってんの? 先行っちゃうよ!」
「え……ちょっと、待って下さいよ!」
自分一一この世界では生まれたばかりの子供一一をほっぽり出すとは、なんて両親だ。
憤慨する千晶だが、勿論それでは状況は改善しない。
頭を冷やし、さっき両親がやっていたことを思い出す。
まずは目を瞑り一一
「もしかして、こうやってモンなんとかを一一あっ!」
思った通り。
目を瞑った後の暗闇は、瞬く間に晴れ。
浮かんできたのは、モンスドラグーンの中のあの操縦席。
これでいいのか? いや、待て。
「もしかして……」
千晶は目を開けかけるが、また瞑る。
さっきの両親の挙動を、思い出す。
引っかかるのは、あの指でタップするような動作一一
「なるほど、これか!」
千晶は操縦席のパネルをいじり、降りた時とは逆の、乗り込む機能を探す。
すると、ロボットのハッチに人が入り込むようなアイコンが見つかる。
「これだな……えいっ! ……痛っい!」
また降りた時と同じく、尻を打ちつけた痛みで目を開ける。
目を開けても、そこは操縦席。
乗れた、ただ。
「もう少し……ねえ。」
千晶は、再びの尻の痛みに悶える。
「はははは!」
「笑わないでくださいよ! 元はといえば」
「まあごめんごめん、モンスドラグーンは降りると消えちゃうって教えておけばよかったね。」
「……本当ですよ、まったく。」
何とか両親に追いつき、モンスドラグーンの腰の飛膜翼にて飛び立った千晶。
今度こそ千晶は、盛大に膨れっ面をする。
惜しむらくは、さっきと違い両親も自分もお互いモンスドラグーンの中のため顔が見せられないところである。
さておき。
「まあまあユユウ……さあ見ろ! ここがこの世界……E世界だ!」
「……!?」
目の前の光景に、千晶は目を疑いたくなる。
そこには、既に沈みかけの夕日により黄昏れる空。
その空に浮かぶは、沢山の丸い、表面に木々や山々、川が見えるもの。
「これは……?」
「風の星々と呼ばれる、このE世界本星の大気中に浮かぶ沢山の衛星だ!」
「た、大気中に浮かぶ衛星?」
千晶は目だけでなく、耳も疑う。
いやいや、衛星って普通大気圏外だろ?
そう出かかったが、野暮なツッコミと思いやめた。
「おう、あそこは……おーい、リンネちゃんたちじゃないか! おーい!」
父親が、さしかかった衛星の一つに呼びかけると。
そこには夫婦と、子供のような三人組が。
「おや? マンジーク! ……まさか、それはお前たちの」
「ああ、ユユウっていうんだよろしく! ほら、挨拶を!」
「は、初めまして。」
「ああ、よろしく。……あれ? リンネ!」
どうやら千晶の父親はマンジークという名前らしい。
一方、リンネと呼ばれた少女は。
千晶に一瞥すらせずに、さっさとモンスドラグーンを召喚して飛び去ってしまった。
「ああもう……すまない、手の焼ける子で。」
「ははは、いいのさ! さあ早く行こう、出陣パレード始まっちゃうよ!」
マンジークとリンネの父親、そしてリンネの母親と千晶の母親も飛び立つ。
千晶も後を追いつつ、リンネの顔を思い出していた。
あの顔、まさか一一
「まあいいや……リアルでのことは、ここではなしで。」
「ヒーグリー王女-! 親征行ってらっしゃい!」
「平和盟約に従わない無法者たちを、蹴散らしてください!」
パレードは、千晶たちがいた衛星より少し離れた衛星で行われていた。さすがに皆、モンスドラグーンからは降りて地に足をつけて見ている。
千晶たちのいる国・ゼルオッソ王国第1王女ヒーグリー。
それが今、喝采を浴びている少女の名だった。
千晶も群衆の後ろの方にいたため、どうにか少し見える程度だったが、その顔は美しく整っていた。
まあ、別に一目惚れしたんじゃないんだけど。
「ヒーグリー王女……我らが、いや、この平和盟約加盟国全てが誇りだ! どうだ、美人さんだろ?」
「え、ええ……あの、平和盟約って?」
「うん? ……うん、まあこの世界も昔は、争い合わない国がないぐらい殺伐とした時代が続いたが……今、この国は、平和盟約でもって安寧を謳歌してるってことさ!」
「へえ……」
「でも、まだ加盟していない国がいくつかあるの。だから、そういう国を従え……じゃなくて、加盟してもらいにいくってわけ。」
父親と母親が代わりばんこに説明してくれた。
なるほど、この世界にもそんな歴史があったのか……
それからどのくらい、時間が経ったことだろう。
「さあて、職業を選ばないと……ふえ? 職業?」
我ながら間抜けた声だなと思いながら、千晶は目を覚ます。そこは、自室だった。
「何だ……? あれは夢……?」
そう言いながら、自分のスマートフォンをチェックしようと手にとり、千晶は呆気にとられた。
そこには、入れた覚えのないアイコンが。
「E世界大戦……? まさか」
夢じゃ、なかった。