1 衝撃を伝える
目の前が白と黒で点滅し、そして目がそれに順応した後。
僕はもう一度、辺りを見渡す。
倒れているのが――一人減っていて。
こちらを訝しげに見ていた。
起きたのは学生と思われる女の子だ。髪は短く、それに合う気の強そうな顔をしている。先程見渡して特徴的だと思った、唯一髪止めをしている女の子だ。
「あなたは……?」
力強い声音が鼓膜に届く。
「――」
――。
何故、答えられない。
何故、何故。
怯えているわけではない。かといって、他の理由があるわけでもない。
思考を巡らせる。
言ってやればいいじゃないか、自分の正体くらい。
なのに、口は動かず、頭はそこまで思考を巡らせることができない。それこそ、誰かに、何かに、引き留められているかのように。靄がかかって何も見えない、分からない。
――自分が――分からない……?
もしそうだとしたら――いや、きっとそうなのだろう。
記憶をなくしたのなら――家族のことを覚えているはずがないのだから。
苗字など、自分に関する記憶にはやはり靄がかかっているが、名前、容姿なら思い出せる。鮮明に。
時間が経つごとに目の前の女の子の目つきが鋭くなる。それこそ、女の子のする目つきではない、野獣の目つきだ。――美しい、野獣の目つき。
「――さっさと返事を聞かせてもらえると嬉しいのだけれど?」
物怖じしないその姿勢に、逆にこちらが恐怖に近い感情を覚える。
「――そう、だな……何から話そう……」
何から話すかなんてわからない。――すべてを、忘れているのだから。
「――。すまないが、何も話せない。少しニュアンスが、いや、だいぶ変わってくるだろうが……」
女の子の、冷たい視線がこちらを貫こうとする。
その冷気に耐えながら、訴えかける。
「これが――本当なんだ。到底信じられないだろうけど、信じてくれ」
しっかりと目を見て、言葉ではなく、態度で示しをつける。
「――はぁ……――嘘は、ついてない、ですよね?」
また、貫こうとする視線がこちらを向く。
「信じて、くれるのか……?」
「まだ確証はないですけどね。――私以外の皆が、そうなっていないとも限りませんし。そうなったら、イレギュラーなのは私のほうですし。冷静になれば、決めつけられる議題でもないでしょう?」
そう言いながら、まだ寝転がっている人達の首元に手を当てていく。
――確かに、言われてみればそうだ。僕が基準で考えていたが、彼女から見れば僕が怪しく、普通僕には彼女が怪しく見えても仕方のないことなのだ。
そう考えると、彼女がどれだけ冷静だったかが窺える。――こんな、訳の分からない状況になっていても。
それは僕の心に何らかの畏怖と尊敬を与える。
すべての人を確認し終えたのか、こちらに向かってくる女の子。
――その顔は――どことなく、険しかった。
「あの――」
『こっんにっちはーーーー!!!!』
突然、耳をつんざくような、金切り声のごとき声が届く。
何事だ。
「――放送だ」
一点を見つめながらそう言った女の子のほうを同じく見る。
そこにはでかでかと――この要塞に似合わない――黒いスピーカーが二つ。
僕たちを見下すように佇んでいた。
『あっれれ~? 二人しか起きてないの~~? ちゃんと起きろよぅ~。ま、いっか☆ 二人いれば問題ないよねっ☆ ――さてお前たちには~……――』
唾を飲む。嫌な予感がする。
『残酷な残酷な~~――――人間選別を行ってもっらいま~っすっ!!』
10月31日……ウオオォォォオオオオオオ!!!!!!!!(評価はしてやってください。感想もくれたら嬉しいです。今後ともお願いします)