ただはしゃぐ彼女と対等に
「ハア……ハア」
どこまでも青い空の下、たどり着いた屋上にて体に残留する疲れを吐き出すように息を零す。
時刻は午後十二時を過ぎて二十四分、ちょうど昼食を食い終わりそろそろ皆が駄弁り始めたり運動場に出て運動したりし始める時間帯。
そんな中、俺はなぜ疲れているかというと。
「探せえええ! 野郎を見つけて一体佐倉さんに何したか吐かせるんだ!」
「「「おおおおおおおお!」」」
屋上にも届くほどの怒声を上げながらそこら辺を走り回る男どもから絶賛逃走中である。
柵から下から見えないように覗けばそれはもう大群と言っていいほどの人数が走り回っているのだ。
「勘弁、してくれよ」
昼休みになり食堂に向かおうとした矢先、唐突に開かれる2-Aの教室。その奥には廊下を埋め尽くす男の群れ。
一瞬で血の気が引いた。やばいと判断するのにコンマ一秒で足りるレベルだったそれは必要最低限の荷物をポケットに突っ込んで走らせるまで全てが瞬時に行われるほどに異様な光景だったのだ。
そして現在二十四分の間ひたすらに逃走しているというわけなのだがこれはやばい。体力が持たない。
「なんだってこんなことになるんだ、衝撃的すぎるんだけど。佐倉さんすごすぎるんだけど」
教室に入ってからは当然のごとく棘をさすような視線。流れて質問攻め約十分。ホームルームが始まり授業にいたるまでソワソワとした声は尽きなかったのだが一時限目から昼休みまで俺の教室に来る怒ると怖い系の先生たちで何とかなっていたのだ。いや本当にそこまでは助かっていたんだ。これいけるんじゃね? とすら思えていた。なのに昼休みに入ったらこれである。
「もう、やだあ」
第一俺何もしてないよむしろ被害者なんだけど。漏れる苦言は止まることはないがそれを吐いたところであれらが止まることはない。
もういっそ佐倉さんに放送室貸してなんか言わせて鎮火させればいいんじゃね? とか思い始める始末だ。
「連絡先、朝交換してもらってればよかったな」
こんな関係になったものの残念なことに連絡先は交換していない。いやし忘れていたという方が正しいのだが。彼女も今頃この状況は感知しているのだろうが連絡できない状態なのである。
連絡できればどうにかできたかもしれないのに朝からいろいろハードすぎて余裕がなさ過ぎた。それがなお自分の首を絞めるなんて誰が考えただろうか。
「というか、今屋上にいるってことは逃げ道ないんじゃね? ここまで来たらやばいのでは?」
とか思っている矢先。
「後は屋上だけか! 全速前進だああああああああああ!!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
「いったそばからなんだよなあ!?」
逃走はまだ続くのであった。
☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆
「もういっそ殺してくれ」
「あって初めの言葉がそれですか!?」
あれから逃走劇を続けること二十分ほど、無事昼休みは終わり放課後に流れるまで特に大きな出来事を迎えることなく放課後となり、校門前で佐倉さんと集合していた。
「昼走りすぎて疲れた。当分走りたくない」
「……ごめんなさい、私が何を言おうと何にも聞いてくれなくて」
「そりゃ君みたいな美女にこんな何もないような男が彼氏名乗り始めたらなんか弱み握られてるなんて考えに至るのもしょうがないとは思うけどさ」
ラノベやアニメでよく見るシーンをまさか自分がやる羽目になるとは夢にも思わなかったが。いざやってみるとなんとなくわかる気がする。あながちあれらが非日常ではないことを痛感した。
そんなことで腕を組んでうんうんとうなづいていると。
「び、びびび、美女!?」
などと顔を赤くしながら声を震わす彼女の姿があった。
「ふぇ?」
つい間抜けな声が漏れる。そしてさっきの発言を思い出す。
「あ、えーっと、別に変な意味が込められてるわけじゃなくて!」
弁明の意を込めた言葉は言ってはみるけれど弁明できている気がしない。
数秒して息を整えた彼女、コホンとわざとらしい咳をした後、そっぽを向かれたので駄目だったかと思っていると。
「素直にそんなこと言われたの初めてなので、なんだか恥ずかしいです」
今度はこっちが赤くなっているのだろう。なんか妙に顔が熱い。
「やっぱり織村君でよかったなと思います」
この言葉ではっとする。そういえば理由を聞いていない。これも朝に聞いとけばよかったものをなんて思うのもつかの間あんな場所で聞いたらこの関係のことがばれたらと思うと今日における不幸中の幸いというやつになるのだろうか。
「とりあえず歩こうか、どこ行く?」
てことで移動するために彼女に提案する。
「そうですね……」
自分の右人差し指を唇に当てつつ考える彼女。数秒待たずして彼女はあ、と口を開けた後続くように指名してきた。
「近くの公園で遊びませんか?」
「公園? いいけど、どうして?」
「この年じゃいくこともないじゃないですか。久しぶりに思いっきり遊べる気がするので近場で遊べる場所といえば公園かなと」
この近くの公園というと……俺の家の近くの公園か? ここからあそこまで行ってるとちょうど子供も帰る時間だし、ちょうどよさそうかな。
「いいよ、いこう」
「はい! 積もる話もそこでしましょう」
どうやら俺の考えも読んでくれたらしい彼女は早速と足を動かし始めた。後ろから見るとはしゃいでいる子供のような彼女のとなりを俺も歩き始める。
隣を歩く傍ら彼女の顔を覗くとそれはもう待ちきれないといわんばかり、案外子供っぽいところもあるんだな、新発見である。
「織村君は公園で遊んだりするんですか?」
「いや全然、昔から基本インドアだったから小さい頃もそんなに行ってなかったかな」
なんせ両親ともに昼間は家にいないような家庭だ。誰かが引っ張り出してくれるわけでも一時期を除いては遊びに誘われることもなかったので休日や放課後は家の中で過ごすようになっていた。
そのおかげで休日は本屋に行って本を買いに行くとか何か食材が足りないからスーパーに行くとか以外、家をそんなに出ないようになっていた。
「それはよくありませんよ、身体に悪いです。明日から一緒に朝のジョギングしませんか? 六時ぐらいからしているのですが……」
「ああそれ。なんか母さんが世話になってるみたいで」
「へ? 織村君のお母様が?」
「毎朝君の頑張ってくださいね! が活力源っていう衝撃の事実を朝突き付けられた」
「……もしかして青いネクタイを付けたスーツ姿の、黒い髪の人ですか? 電車のある方面に向かっている……?」
どうやら彼女自身母さんのことは記憶の中にあるらしい。朝早い人って結構いると思うんだけどそんなに記憶の中に残るようなことをしているのだろうか我が母は。
「そうそう。なんかごめんね、迷惑じゃない?」
「いえいえ! むしろこちらがから勝手にそんなことを言って迷惑ではないかと思いまして!」
「いやそれはないから安心して。さっきも言ったけど君のそれが一日の最初の活力源らしいから」
寧ろ礼を言わないといけないまである。それがなければ最悪母はまともに働けておらず収入が父が銀行に入れてくれる分だけになっているかもしれないのだから。さすがにそれはないと信じたいが。
「そ、そうなんですか。よかったあ」
「ついでに君との関係も話してるから変な気を使わなくていいよ?」
「え、お話に!?」
「なった。そんなにびっくりする?」
「いやなんというか……その」
「え?」
「なんでもないです!」
フン! と顔を左に逸らす彼女。
「え、えーっと?」
どうしたらわからないこの状況、疑問符を浮かべていると本日二回目の咳払いのあと前を向いた彼女の表情はパア! と効果音が鳴りそうなほどに明るくなった。
え、なんかあんの? と思って彼女が見ている方向を見ればよく見慣れた場所、目的地である公園があった。はっや、そんなに歩いてたっけ。
「織村君! 公園ですよ公園! はやく行きましょう!」
興奮を隠しきれておらずすぐにでも遊びたいのか彼女が走り出した。
「ちょっと!?」
そんな彼女を追うようにに俺も公園へと走り出す。
レンガでできた入り口を超えればまさに公園という風景が広がっていた。
定番の滑り台にその前に作られた砂場やブランコ、鉄棒にシーソー。ノーマルジャングルジムに回転ジャングルジムと近場でも結構大きめなこの公園は小さい頃に数回とはいえお世話になった覚えがある。
といっても大体やっていたのはブランコぐらいでしかも数分こぐだけで軽く酔ってきてすぐに休憩をはさんでいたのはいい思い出である。
「まずはどれからいきますか、回転型ジャングルジムなんかどうでしょう!」
目をキラキラさせながら提案してくる佐倉さん。だが最初の選択肢としてはあんましよろしくないので反論しておく。
「あれ最初にやると酔って後々何もできなくなるからアウト。安定は滑り台とか?」
「いいですね、早速行きましょう!」
駆け足で向かう彼女がいった先のほぼ赤一色で塗装された滑り台は二人で滑れるようにとスライダーが二つ設置されているタイプのやつだ。滑った後の地面への衝突も砂でカバーと普通のどこにでもあるタイプの滑り台なのだが。
「どちらが先に滑り台頂上まで走れるか勝負しましょう!」
「滑り台で滑らない選択肢かあ」
まあ別にいいんだけどねなんて思いつつ両者スライダー前に立った。
「それでは三秒後スタートとします。ついでなのでそのあとに滑って先に砂場に到着した方が勝利としましょうか」
「それならいいかも、じゃあ」
つま先で軽く砂場をたたき走る準備に入る。それに対して彼女は砂場に手をついて前方向を見据えていた。よく言うクラウチングスタートというやつである。
ええ、まさか遊びでそこまでガチなやつしますか。ただ滑り台走りあがって滑るだけなんだが。
「行きますよ。3」
「2」
「1」
「スタート!」
俺の掛け声とともに両者走り出した。
よし、俺のほうがわずかに速い! これはもらった。内心で勝利を確信しつつ頂上に到着、身体を反転しつつ銀色のスライダーを滑ろうと思ったら。
もうすでに、彼女は半分ほど滑っていた。
「えええ!?」
「やった! 私の勝ちですね!」
滑り終えてガッツポーズをとる彼女。
なんで俺のほうが速かったのに滑るのは彼女のほうが速かったんだ? 俺が体を反転させている間に何をしたんだ?
「私は別に登り切れとは、言ってませんよ?」
いたずらが成功したかのように悪い笑みで言われた言葉にハッとする。
そうか、彼女は頂上に着いた瞬間に既に踵を返して滑ったのだ。俺は登り切って反転したからワンテンポ遅れてしまったというわけか。
「なんかずるがしこい」
「どこもずる賢くありません! ルールを提示したのは確かに私だけれど細部まで聞いてこなかった織村君も悪いです!」
「ええ」
本当に彼女は高校生なのだろうか、どっからどうみても小学生みたいな言い訳っぽい何かしか言ってないんだけど。俺の中の佐倉花音のイメージがどんどん崩れていく。しかも割かしすごいスピードで。
「次は、ブランコに行きましょう。飛距離で勝負しますか?」
「危ないから却下」
華麗に断りを入れつつ彼女の要望通りブランコに移動して座り込んだ。
おお、思ってたより大きい。子供のころよりだいぶ成長したからてっきり瀬間ぐるしく感じるのかと思いきやそうでもないんだなんて感心していると彼女もいつの間にか横に座ってブランコをこぎはじめていた。
「おお、涼しい。ブランコもなかなかいいですね」
「久しぶりにするとね」
酔いも来ないし、さては克服したか? ならこれからちょくちょく来てもいいかもしれない。
今日二回目の優越感に浸っているとそれを見て佳代子でくすくすと笑う彼女。別に笑わなくたっていいのに。
「それでは本題に行きましょうか」
一回足でブレーキをかけブランコを止めた彼女に続き俺も止まった。
「率直に聞くけど、なんで俺だったの?」
授業中、何度も考えてはいたがやはりというべきかこれがベスト解答と呼べるものは浮かんでこなかった。
何度記憶をあさっても俺と彼女との接点は一切ない。あるとすれば登校時間がそれなりにかぶってて前か後ろに彼女がほぼほぼ毎日にいたぐらいだ。
なら何か俺に特徴や特技があってなどという線もない。俺はこの学校に来て目立った行動はとってないからそれが知られているはずもないのだ。だから結果はわからずじまいで済んでしまっている。
「貴方だけだったの、私を見ていなかったのは」
「見ていなかった? 普通に毎朝とは言わないけど視界にはいたけど」
「そういうのではなく、そういう目で私を見てなかったって話です。これでも告白してきた男子やそういう目で見てきた男子の容姿は大体覚えてるんです。その中に織村君だけがいなかった」
……いや全然全くわかんないんだけど。
「織村君なら私と友達になっても対等でいてくれると思いました。最近は女子に敬語を使われることもしばしばあって対等と呼べる人はそんなにいなかったから」
「つまり?」
「変な目で私を見ないで対等に扱ってくれそうな男子が、織村君だけだった、というわけです」
「……なるほど?」
「なんで疑問形で返すんですか?」
「いやなんというか、スケールでかいなあって思って」
その条件をそろえているのが俺だけっていうのがなんか信じられない。彼女のことだから多分他校も視野に入れていたはずだ。そう考えれば男子の数なんてそれなりにあるだろうにその条件を満たしているのが俺ただ一人だった、なんて言われてもただただスケールがでかいとしか言えないし少しばかり大げさなのではないだろうか。
「多分織村君じゃなきゃ一緒にこうしてブランコなんて誰もしてくれませんよ? 街のほうに出て遊ぼうとか言ってくると思いますし」
「なるほど」
それは何かわかる気がする。最近の子と言えばファストフード店とか言って駄弁っている姿が容易に想像できてしまう。むしろこうしてこうして公園に来て遊んでいるのは想像しにくい。
「今日こうして遊んでいて実感します。あなたを選んで本当によかったと」
「そう言われるとうれしいな」
なにはともあれ役に立てているのなら追い掛け回されたのにも多少意味はあるんだなと目をつぶれる気がする。
「はい! ですから」
ブランコを少しこいでトンで地面に着地して鞄を背負った後彼女は振り向いて笑った。
「ありがとう! これからもよろしくお願いしますね!」




