さようなら平穏。初めまして青春
高校二年の春。
桜が咲き誇る校庭、そのど真ん中に二人の存在がいた。
一人はどこにでもいそうで、でも他の人と決定的に違う目をもって生まれた平凡な男、織村快。
そしてもう一人はこの学校の才女。ブロンドの綺麗な髪を風で揺らしながら碧色の目で彼をまっすぐ見ているその人の名を佐倉花音。成績優秀スポーツ万能おまけにこの学校の生徒、まして先生からも人望厚いと正に完璧超人を描いて生まれたような彼女は快に開いた手を伸ばした
「私と、恋人になってもらえませんか?」
これはこの一言で平穏を失った俺と。
これはこの一言から始まる私の。
どこにでもありそうな青春物語である。
☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆
「ふぁぁ」
なんて間抜けな声をあくびとともに吐き捨てて歩くこの通学路も慣れを通り越していつの間にか飽きてきたな、なんて思えてくる今日。唯一いつもと違う通学路に満開に咲く桜に心躍らせながら淡々と奥に見える学校にへと近づいていく。
「長期休暇越しの学校って、なんで憂鬱なんだろ」
春休みを終え今日、二年生初の登校日となるわけだがやはりというべきか長期休暇の先にあるこの日は誰しもが憂鬱になる。俺もその一人だ。好きに夜更かしできて好きに遊びに行けて、そして自由に生きられる社会人になればほぼ味わえることのないこの長期休暇の終わり今日からまた不自由な生活に転化しろなんて言われても嫌って人間の方が多いと思う、のだが。
「わあ、佐倉さんだわ」
「佐倉さん、やっぱり美人だよなあ」
「見ろよ、俺たちみたいに春休み終わって落ち込んでいるそぶりすら見せねえ、やっぱり格が違う」
「そこに痺れる憧れるぅ! もっというなら惚れるぅ!」
見慣れた桜並木を歩く少女。彼女だけが他の人と圧倒的に違う何かを持っていた。
佐倉花音、俺と同じ学校同年代、まあクラスは別だったけど。その完璧さから俺たちが通う夢前高校の才女と呼ばれるに至った少女。その美貌はこんなところに収まらずあらゆる高校のまで及び噂ではなく実際の話連日告白が尽きないのだとか。うわあ、改めて思うと本当にいるんだなあ、あるんだなあそういうのとかそういうレベルだ。それを見事体現してみせた少女こそが、佐倉花音である。
「遠い、人だなあ」
多分この学校にいてあと二年一緒の学年にいるとしても馴れ合う事、もしかすれば喋ることすらないんだろうな、などと思う。
なんせ俺はどこにでもいそうな、まあ目の色は他人とは違うけれど、それでも普通にどこにでもいそうな、そう、一般人だ。そんな俺は彼女の中ではモブ以外の何者でもないだろう。
「えーっと」
いつの間にか着いた学校の掲示板にて自身の教室を確認する。
「あった、2ーAか」
ついでに佐倉さんのも見るが、うん、やっぱり違う教室。こういうところを見ても俺と彼女は接点なんてこれから先も持てやしないのだろうと思う。
そう考えているうちに自分の教室にたどり着く。一年の時よりも大き くなった気がしないでもない教室。中にいる生徒たちは前のクラスからいた子もいるが見慣れない子もチラチラと見受けられる。クラス替えの醍醐味を少し味わった後自らも教室に踏み込んだ。春先の空気が充満した部屋の端、一番左の一番後ろの席が俺の指定された席だ。当たりを引いたな、幸先がいい。
「よっこいせ」
傍にバックを置いて椅子に座り込む。
一年の時と違い一階上に上がったというだけで景色はガラッと姿を変えていた。まっすぐ見えていた光景がいつの間にか下にあり、さらにはより広い空間を見ることができるようになったいまの席満足感を通り越して最早、あれ? 元から俺の席だった? と運命を感じてしまいそうになる。
「いい席引いたなあ」
新学期早々運がいい、もしかすれば佐倉さんと関わる以上にいいのでは? 平穏こそ大事。後は担任がそんなに席替えしないような人だったら。
「ほら席座って! 終業式の後、席替えするからね!」
「やった! この席嫌だったんだよさすが先生!」
「よ! 世界の男にフラれ続け生徒の心に寄り添える心の持ち主!」
「さっき褒めるのに混ぜて呪詛吹き込んだやつ速やかに挙手なさい!」
……終わった、俺の楽しい高校二年生生活。さよなら、最強だった俺の席。
とほほ、と涙を目くじらに貯めながら外を眺める。始まりの日としては上出来な快晴。その空の下に見える桜はとても綺麗に写った。青と桜、似合うなあなんて思っているとといつのまにか他の人間はほぼいなかった。時計を見ればそろそろ始業式が始める時間帯。やば、出遅れた感がある。俺はすぐ立ち上がって教室を出た。手持ちは特にいらなかったと思うので何も持たずに猛ダッシュ。あれれ、なんか人ほとんどいないんだけど、おっかしいな生徒が見当たんないんだけど。待て、なんでこんな静粛感がある? まさか本当に全員が移動したのか!? 嘘だろ!?
「間に合って!」
俺の後ろから聞こえた声は、何処となく聞いたことがあるような声だった。しかし何処と無く遠いような、いやいまの距離じゃなくてこの声を聞くときの距離というか。
「あ、貴方も!?」
考え事をして走っていたからか、その声の急接近に全然気づけなかった。ので。
「うわあ!?」
とっさに距離を取ってしまった。
広がる視界。その中心にいたのは誰でもない、佐倉花音その人だった。
なんで!? なんでこんなとこに彼女が!? いつもの彼女なら十分前集合とか余裕で守ってそうなのに!? なんで!?
「そんなに驚かれると傷つくのですが……」
「え、あ、ごめんなさい……?」
「わかればいいんです」
自分の腕を組んでうんうんと頷く少女に対して真っ先に思ったことは、自分の中にある彼女といまの彼女がなぜか別物に感じてしまったこと。
いつも俺が目にする彼女はなんというか近づきがたい高貴な雰囲気を漂わす絶対完璧少女なのだ。その立ち振る舞いからは気品しか満ちていないし周りに対する態度もそれはもう、え? お嬢様育ち? とでも言いたくなりそうな感じなのだが今の彼女は、普通の女の子なのだ。何処にでもいそうな距離にいるからか、そう感じた。
「貴方も遅刻ですか?」
「外見てたら、いつのまに」
「そうなんですか。私は先生に頼まれていたことを済ましていたらいつのまにかこんな時間に」
あ、ここは想像のままだ。期待を裏切らないこの感じ。
「今、期待を裏切らないこの感じ、とか思いませんでした?」
「いや全然全く! いやあなんのことかさっぱりです!」
「……まあいいです。少し長話をしてしまいました、もう始まってはいますが早く始業式に出ましょう」
「……あ、すっかり忘れてた」
「意外と抜けているところがあるんですね、織村君は」
「え」
今、俺の名前を呼んだのか? 俺自己紹介なんてしたっけ?
なんて思っていると彼女があ、と手のひらに拳と乗せながら声を上げた。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。それでは」
自分の方にかかった髪を払いまっすぐとこちらを向いてとびっきりの笑顔で彼女は地震の名を口にする。
「私の名前は佐倉花音と言います。よろしくお願いします」
成績優秀スポーツ万能、おまけに生徒どころか先生にまで及ぶ厚い信頼を持つ金髪才女は名乗りを上げた。
……なんだ、なんで俺と彼女の関係はここまで進んだ? いやまてこれが普通なのでは? 一緒に遅刻したもの同士少しだけ距離を縮めただけで実際のところこれは普通、いや普通一歩手前の人見知り程度のものなのではなかろうか。
「それで早速で悪いのですが、出会ったついでに一つ受け取ってもらえませんか?」
「何を?」
「これです」
彼女は自分のポケットから一枚のシンプルな封筒を取り出した。
それをなんの躊躇もなく俺に差し出し、呆気にとられて取るのに数秒かかりそうな雰囲気をしていたものだから彼女はそれを俺に握らせた。
「それでは、待ってますから!」
それだけ言って彼女は俺よりも先に走り出す。
その場に残された俺は彼女を追うよりも先に手紙の封を開け、その中身を出した。中にあったのは二つ折りにされた淡いピンクの手紙。それを開けば普通のサイズの手紙の割りには書いていることはただ一文。
『放課後、校庭で待っています』
☆ーー☆ーー☆ーー☆ーー☆
「なんなんだ? 結局」
手紙の通りきて見たはいいものの、一向に彼女が来る気配がない。もうそろそろガラス越しに見える玄関の人通がなくなってきたようにも思えるし、まさかはめられたとか? いや彼女はそんなことするような人じゃないと筈だ。だからあと数分もすればきっと。
「お待たせしました、すみません」
ほら来た、急いで来たのかなんか肩で息してるけど。
「それで、ここに呼んだ理由は?」
彼女に渡された封筒をポケットから出しながら早速本題に取り掛かる。
実際俺をなんで放課後こんな場所に呼んだのか、俺自身理解ができていない。いや可能性ならばいろいろある。まあないと思うけど告白とか? そういう可能性を考えるならば十分だ。だがその可能性のうちどれが正解かなんてわかりはしない。だから結果ここで待つしかなかったのだが。
「私が、よく告白されるのはご存知ですか?」
「まあ、噂になるぐらいだし、それぐらいは」
考えれば考えるほど凄いとしか言いようがないほどの出来事である。
これだけの美人、まして周りの評価を知ればそれは彼女にしたいと言う輩が出て来るのはわかるが他校にまでされているとなるとついぞくっとなってしまう。
「はい、だからそろそろそれに対しての解決策を用意すべきだと思い始めたんです」
「解決策……解決策?」
「はい、解決策です」
ちょっとしれっと言ってくれたこの状況でその話にその解決策とやらはあからさまにダメなやつでは!? なんか知らん間に玄関からこっちを覗いている生徒が数人いるんだが!? 予想通りならこれは!
「貴方以外いないんです。だから」
彼女は手を差し出した。そのあと思いっきりの笑顔で爆弾を投下した
「私と、恋人になってもらえませんか」
『えええええええええええええ!?』
彼女の爆弾に誘発されたがごとく玄関先のこの学校の生徒たちが声をあげた。
こうして俺の平凡は彼女との出会いのおかげで一瞬にして砕け散った。




