狼ノ章 ~始マリ~
白い風が赤い夜を何食わぬ顔で通り過ぎてゆく。
涼しいその風を受けると、頭が冷えていく。
隣では、はぁはぁ、と深い息遣いが妙に耳に触る。
夜だというのにまるで祭りでもやっているかのような明るい空は鬱陶しい。しかし、木々はその明かりを待ちわびていたかのように、ゆらゆらと激しく揺れる。
「……ハク、行くよ?」
僕はこくりと顎を引く。さっきより二倍三倍にもなった姉を見上げる。見上げる僕を姉は前足を器用に使って、ひょいと自分の背中に乗っける。
姉は木々をすり抜けるように走る。
今いるのは森の中なはずなのだが、目だけは別の場所にあるかのように瞼の裏にある風景が、目の前に現れる風景が映し出される。
消えるはずがない風景を、僕は無茶苦茶に頭を振って消そうとする。
だがそれは余計に、耳までも壊していく。悲鳴や雄たけびが耳の中で反芻する。迫ってくる声をかき消すように僕は耳をふさぐ。苦しい。
「……お、おい、ハク落ちんじゃねぇぞ?」
聞きなれた声で僕は現実に連れ戻される。
しっかりと姉の背中をつかみ、肯定の意を示す。
この時間が永遠に続けばいい。姉と一緒にいる時間が。
でも、その時間は長くは続かない。
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長編になりそうですが、受験生のため、不定期更新になりますが、気長にお待ちください。
では、次のお話で。