追想 宇治川の敗走途中で
どうしてこんなことになったのだろう。
馬にしがみつきながら、己の不幸を呪った。
俺はただ、幸せになりたかっただけなのだ。
そもそも挙兵だって乗り気ではなかった。
兄が死んで、担ぐ人がいなかったから仕方なく俺が神輿に乗せられた。
頼まれたから合戦に赴いた。
始まりからこんな感じなのだ。
俺は名将などではない。
横田河原だって井上がやったこと。それも、俺は戦いの後にこのやり方は卑怯だと叱ったものだ。
なのに皆は奇策だ天晴だと持て囃す。
倶利伽羅峠も同じこと。
俺は正々堂々戦いたかったが、皆が言うから夜襲を行った。
指揮だってしていない。
今井が勝手に表に寄せて、樋口が勝手に裏に回って、あとはただの虐殺だ。
あんなものは戦いじゃなかった。
それを皆が天才鬼才と持ち上げる。
話に尾ひれがつきまくって、七万騎を討ち果たしただの火牛を使っただのと言われたものだ。
そんな大軍、いくら平家でも集められるわけないだろう。
火牛ってなんだ、女が書いた物語みたいな話だ。
そんな妖術使いみたいにされて、期待される俺の身にもなって欲しいものだ。
いや、してもいないことを拍手喝采している分にはまだいいか。
問題は、してもいないことで濡れ衣を着せられる事だ。
京に上り、法皇を匿えた後のこと。
俺は部下たちには規律を守り、乱暴狼藉は働くなと散々言った。
だが所詮は俺の言うことだ。皆俺をお飾りだと知っている。
聞き耳持たずに京の町を荒らしまわった。
今井にどうにかしてくれと懇願した。
だが奴は、兵達は略奪が目的で着いて来ている部分もある。大目に見ておやりなさいと言いやがる。
法皇にも、俺には統制できない。力を貸してくだされと請願した。
だが所詮は権力の亡者だ。奴は俺の失脚を狙っていた。
邪魔な俺を排除できるよう、事態になんら介入はしなかった。
だから俺は、なんとかこの地獄から京の民を解放しようと必死に頭を振り絞り、
西へ兵を向けることにしたのだ。
その結果がこれなのだ。
援軍は来ない。補給も届かない。届くのは、俺を追い出そうとする鎌倉軍の到着の報だけだ。
俺もここまでだと思った。今までの功は、戦だけはできる部下たちのお陰だ。
潮時だと思い、謝罪して北へ帰ろうと思った。
だが皆はそれを許さない。断固抗議すべしと騒ぎ立てる。
血走った目で抗議しろと言われたから、仕方なく抗議の文を書いた。
そうしなければその場で殺されそうだったからだ。
その後に義経の軍勢が迫っていると報が入り、部下は皆大混乱。
果ては法皇を襲撃しやがった。
法皇を縛り上げて得意になってる樋口の顔といったら冗談ではない。
俺はその瞬間に日ノ本全てを敵に回した。
好き勝手やってた兵は離散し、将は討たれた。
それからはあっという間に転落、いや、もともと上にいたわけではない。
無理やり宙を浮かばされていたんだ、当然の結果というべきか。
だが、俺は殺されるようなことはしていない。
全部皆が悪いんだ、俺は一つも悪くない。
これからは誰にもかかわらずに静かに過ごそう。
もともと人付き合いは得意ではないし、一人山にこもって畑を耕そう。
偶に下山し、作物と書物を交換してゆったりとした余生を送るんだ。
そのために、妻である巴とはもっともらしい言い訳をして別れた。
あんな女、冗談ではない。
一緒に落ち延びたら、どうせ再起再起と毎夜叫びたてるのだろう。
あとは今井から逃げるだけだ。
自害する場所を探すといえば一人にしてくれるだろう。
もしかしたら、自害する時間を稼ごうと追っ手を追い払ってくれるかもしれない。
今までさんざん迷惑をかけられたんだ。同情はしない。
俺は生き延びて、平和に暮らすんだ。
争いのない、暴力のない、平和で、幸せな生活を・・・