人魚姫の偽物
「シャルラ…お前は本当にノロくて役に立たなくて、クズな奴だな」
これはよく幼馴染みにいわれたことだった。
幼馴染みのこの男、デュランタは国の次期国王と言われる所謂王子様で、その名に恥じない動きを見せる凄い人だった。
幼い頃から剣を持てば大人にも負けず、知は学者と討論出来るほどにあり、容姿に居たっては一度見れば誰もが忘れることが出来ないで恋い焦がれる美しさだった。
優しく素晴らしい人格の持ち主とも言われ、まさに理想の王子様だが…。
「お前は本当にいつ見てもブスだな!」
私にだけは、酷い言葉を投げつけてくる人だ。
私という人間は酷く何も出来ないクズだった。
言葉を喋るのも歩くのも人より遅いし、自分の考えをいうのも苦手でオドオドしている女だった。
顔も褒められるものではなく、そばかすは酷いし鼻も小さく眉も短いのがコンプレックスだ。
せめて優しい人になりなさいと母に教えられてるので頑張ってはいるが……悪いことが出来ないだけの静かなクズだ。
母がデュラの乳母をしていて私と乳母兄弟だったことで、目を付けられたのだ。
「誰が舞踏会に出ろと言った?お前はブスなんだから出るな」
「俺と二人で食事をするときに自分で食べようとするなと何度言わせる」
「髪型は俺が決めると言ってるだろ」
彼は私の行動の全てを管理下に置かなければ気が済まない人だった。
私が食べるものや髪型やドレスは全て彼が決めていく。
少しでも反抗しようものならば、酷いお仕置きがまっている。
更に…。
「君は幸せ者だね」
「愛されているんだね」
「デュランタ様のいうとうりにしなさい」
うちの親も含めて周りがデュラ信者なのだ。
私の意見なんてどうでもよく、とにかく王子の幸せに使われる。
そんな毎日に嫌気がさしている頃のことだった。
「王子の乗っている船が嵐に巻き込まれて大破した!まだ行方は見つかっていない」
デュラが隣国に外交に行く為に乗っていた船が壊されてというニュースが飛び込んできた。
周りは王子が死んだかもしれないというニュースに慌てふためき、阿鼻叫喚の悲鳴をあげていた。
しかし、私の脳は冷静だった。
「今なら…逃げれる!」
いつもは厳しい警備も今日はゆるゆるなのだ。逃げるなら今しか無い。
私は人生最大の決断を下し、ありったけの宝石をもって外へと飛び出した。
とにかく逃げる為に国を抜ける船が来る海岸まで来たとき…。
海辺の岩陰に…二人の人影が見えた。
「なんだろ…?」
好奇心に駆られて海辺の所へそっと近づくと、岩の陰にいたのはデュラと…美しい人魚だった。
「…!?」
思わず驚いて近くの岩に身を隠し、ひっそりと覗く。
そこには下半身が魚の尾びれをもち、上半身が美しくなめらかな女性の体をもった人魚が美しく艶やかな歌声を披露していた。
その歌声とともにデュラの体にあった無数の傷は消えてなくなる。
どこかの童話にでもありそうな…神秘的な場面だった。
「綺麗…」
思わずそう呟いてしまったのが聞こえたのか、人魚がこちらを向いて視線が合ってしまった。
「!?」
「あ、待って!」
せめてお礼がいいたいと急いで駆け寄ったが、すでに人魚は海の中へと逃げてしまった。
「…っう…シャラ?」
下で声が聞こえて視線を向けると、デュラが目を覚ましていた。
「デュラ!?…ぁ…」
「何でシャラが…ここに?」
当たり前の疑問をぶつけるデュラに…私は冷や汗が出た。
ヤバい…逃げようとしたことがバレてしまう。
「ぇと…その…デュラが乗った船が…壊れたって聞いて…それで、いてもたってもいられなくて、この海に来たら…デュラが海辺にいて、駆け寄ったの」
しどろもどろにかなり支離滅裂なことをいいながら、視線をかなり外して言い訳をした。
「ふーん…」
気のせいか、やけ冷たいデュラの声が聞こえた後…少しの沈黙が襲う。
「そうか、心配をかけたなシャラ…さあ、城に戻ろう」
デュラは優しい声でそう言ってくれた。どうやら、誤魔化せたようだ。
ホッと息を吐いて、はい、と返事をしデュラが差し出した手を握って城へと戻った。
「許されたと思うなよ」
そんな怖い声が小さく聞こえたが…きっと気のせいだ。
「シャラが海で俺を助けてくれた!故に俺はシャラを王妃にしようと思う」
気のせいじゃなかった!!
デュラは城に戻ると周りから心配されて沢山の人が集まった。
そして集まった人たちの前で先ほどの宣言をしだしたのだ。
「ぇと…あ、あの…」
「そうだろ?シャラは俺の事が心配で海にまで来た。そして俺を奇跡的に見つけて助けてくれた…決して逃げる為に城から抜けた訳じゃないんだろ?」
「…はい」
彼のニコニコ笑顔に怖じけ付いて思わずコクりと頷いてしまえば、周りの人たちは盛大に拍手する。
「まさか…まさかうちの娘が…うぅ」
母も泣いていた。
周りの人も嬉しそうな笑顔で拍手する。
この拍手は…もう決定されてしまったということだ。
「あ…あぁ…」
あまりの恐怖で顔が引きつるが…周りはそれに気づかない。
皆が意見を聞くのはデュラで、皆が見るのもデュラだ。
私など…どうでもいいことが…改めて自覚させられてしまった。
『王子を救った幼馴染み女性とのラブストーリー』
は、民衆にまで広がった。
一体、どんな話になっているかは怖いので聞けないが…とにかく私が彼と結婚させられるという話になっているのは確かだ。
「シャラ、結婚式にはどっちのドレスがいいと思う?」
「いや…」
「ッハハ、二人っきりでしたいならそう言え」
普段は少しの反抗でとんでもないことをするデュラがこんな優しい返答だけですませていることが、現実味を持たせてくる。
デュラと結婚なんて絶対に嫌だ!!どうにかしたい!
そんな気持ちを持ちつつも動くことが出来ない日々が続いたある日…事件は起こった。
「海で拾った…一応、この女を保護するので一時的に住ませる」
デュラが…美しい女性を連れて来たのである。
そして、その女性には見覚えがあった…あの人魚だ。
あの美しき尾びれはなく、服も着ているが…その艶やで豊満な体つきと美しい顔は…まさしくあの人魚だ。
「えっと…あなたは?」
デュラの行動に驚いた側近がそう質問するが…人魚は答えない。
弱々しく、デュラの裾を握っている。
「…!…??」
女が私を指さして首を傾げている。
どうやら、コイツは誰だと言っているみたいだ。
「あぁ、シャラは俺の嫁だ。海辺で俺を助けてくれた」
「!!…!」
女はハッと目を見張って私を睨み付けた。
その眼差しにゾッとして思わず視線をさげる。
デュラはそれに気づいているのか気づいていないのか、無視してるのか何でもないように話を進めた。
「一応、保護はするつもりだから最低限は丁重に扱うように…以上だ」
そういって女の手を振り払い、私の肩に手を回して歩き出した。
「…!!…!」
何かを訴えかける視線が恐ろしく…私はまた視線を外して前へと歩いた。
「…私は悪くない」
それからというもの…話題は当然の如く、王子が連れてきた女だった。
「あの美しい女性は誰だ?」
「海辺と聞いたぞ!?まさか王子は見初めて…」
「話は出来ないが本当に天真爛漫で美しい女性だ…」
周りが噂をするのも無理からぬ話だった。
王子が連れてきた美女…という他にも、彼女は非常に無知で天真爛漫な女性だった。
文字も書けず、礼儀も知らず…けれど本当に無邪気で愛嬌がよく、その艶やかな見た目とのギャップは城中を虜にした。
当然…。
「あのシャラとかいう女より、王子が連れてきた女性がいい」
「シャラ様は暗いが…あの女性は明るい」
そんな声が聞こえてくるようになった。
アレだけ…肯定していた私とデュラの結婚を…反対する奴が現れてきたのである。
「みんな…言いたいこといいやがって…」
私の意見なんて聞かなかった癖に…ふざけるな。
やはり全ては見た目か…あの女、なんなんだ。
そんな陰気臭いことを考えながらも、絶対にあの女とは合わないと誓っていたのだが…。
「話をしてくれませんか!?」
女から、寄ってきた。
私が一人の時に…しかも、何故か喋れている。
「な…に?」
「どうして嘘をついているのですか?」
突然、言い出してきた。
単刀直入過ぎると思いつつも、一応答えようと口を開く。
「それは…」
「私、彼をずっと前から知ってるんです!海によく来てて…それで、彼が海でおぼれたとき…あぁ、助けなきゃって思って…」
…話聞けよ。
そんな言葉すらも出る勇気なんてないので、取り合えず話を聞いた。
人魚は深海のお姫様なこと、魔女と契約をして足を手に入れたこと、しかしの代償として声を失ったこと。そして今は月と魔力の関係で例外であり…喋れることなどを聞かされた。
そして…。
「こんな嘘をついてまで…恥ずかしくないんですか?」
また振り出しに戻った。
「違うの…私は…」
「私…今晩までに彼と結ばれなければ…闇となって消えてしまうんです」
トドメの一言だった。
自分の命まで彼女は…人質にしたのだ。
…あぁ、もういやだ。
私の話なんて聞きやしない。弁明なんて無意味。相手の命の責任まで擦り付けられるなんてバカみたいだ。
「分かったわ…ちゃんと言う。命には変えられないものね」
ため息交じりにいうと、先ほどまでの態度とは打って変わって人魚姫はキラキラした笑顔で駆け寄ってきた。
「ありがとう!凄く嬉しい!貴女は優しい人!」
…ッハハ笑える。自分の都合のいい事は聞こえるんだな。
この無邪気さが…きっと人を惹き付けるのだろう。
そんな妬みが…私の口を呪った。
「私…お腹に赤ちゃんがいるの…その子はどうしようか」
しょうもない嘘を言った。
本当はお腹に赤ちゃんなんていない。いや、毎晩そういうことはしているが薬とかで必死に出来ないようにはしている。
けれど、そんな嘘をいったのは…少しの八つ当たりだ。
「そんな…」
「まぁ、仕方がないわよね…嘘はいけないもの。この子はきっと殺されるけど…それは誰のせいかしらね?」
なんて言いながらチラリと人魚姫を見る。
すると、予想以上に顔を真っ青にさせて…涙をこぼしていた。
「そんな…私…そんなつもりじゃなくて」
ポロポロと涙を流す人魚姫は…人間の汚い涙とは比べものにならないぐらいに美しくてまるで真珠だった。
ズルい。
自分だった自分の命を人質にしたじゃないか。けど、私は泣かなかったじゃないか…なのに何でお前は泣くんだよ…凄くズルい。
「本当にごめんな…さい…!」
人魚姫は…フラフラと窓に近寄った。
「?」
何をしているのか分からず、取り合えず見ていると…彼女は窓から飛び降りた。
「あぁ…!」
急いで走って手を伸ばすが、人魚姫の体にはかすりもせず…彼女は暗闇の中へと消えてしまった。
「なんて…ことを!」
口元を手で覆って言葉を失う。
なんで?…は?…どういうこと?
何故、彼女はこんなことを…。
「あーあ、お前のせいで死んだな」
後ろから、囁くような声が聞こえた。
振り返ると、愉快そうに嗤っているデュラがいる。
「な…なんで?」
「ん?どれ?なんでここに俺がいる?どうして彼女は自殺した?…因みに後者はお前のせいだぞ」
「え?」
なんで?と首をかしげる私にデュラは嗤いながら頭を撫でる。
「あの女は無邪気でバカだからな…すぐに騙される。そして、自分の命とコレから産まれてくる命を考えて…真っ先にコレから産まれてくる命を選んだんだ」
「…ぁ…あぁ」
「一応助けられた恩義はあるから…適当に誰かの家にでも入れようと思ったが…お前がまさか殺すだなんてな」
愉快そうに彼は嗤う笑うわらう。
月を背に笑う彼は酷く恐ろしい。
「わ、私のせいじゃ…ない」
「ぁあ?…お前のせいだろ。俺を助けたと嘘をついて、周りに意見する気もなく、女に嘘をついて殺したんだろ?」
「ち…ちが」
「お前は昔っからそうだな。よく嘘をついては周りを傷つけ、自分の自尊心を守る…まぁ、そんな所も可愛いんだがな…ックク」
耳を隠して必死で聞こえないフリをしても…彼の笑い声が響く。
「ちがう!!…ちが」
「じゃあ…なんだ?」
「…へ?」
「真実はなんだ?いってみろ」
彼は笑いながら言う。
震えながら…私は答えた。
「わ…私は悪くない。私はデュラを助けただけで…それで、あの女が勝手に…あの女こそが嘘をついてたんだ」
「うんうん。そうだな」
よしよしと頭を撫でなる。
「それが真実ならば…お前は俺と結婚することになんの意義もないんだな?」
そういって彼は私の指に重い重い指輪をつけた。
「…は…はい」
私はゆっくりと頷いた。
この罪をなかったことにするために…。