我儘(人間としての我儘と野生の摂理と)
「ありがとう、エレクシア」
帰ってきたエレクシアにそう声を掛けると、
「いえ、これが私の役目ですから」
と相変わらずの答えが返ってきた。そう答えるのが分かっていても、労いの言葉を掛けずにはいられない。感謝の気持ちしかない。
その一方で、俺は、鷹や翔に、『向こう岸には渡るな』とは言わなかった。言ったところで通じる筈もないし、そもそもあんなことは彼女らからしたら単なる<日常の一コマ>でしかないだろう。
それに、危険があるとはっきりすれば近付かないようにするのも野生としての本能だろうし、当分行かないようにしてくれるのを期待はしていた。そしてその通りに、鷹も翔も、河を飛び越えていこうとはしなかった。
ただ、彼女らの生態から見れば行動範囲が狭まってしまうのもあまりいいことじゃないだろうとも思う。今回の件の記憶が薄まってしまったりしたらまた行くようになるかもしれないものの、そこまでコントロールするのは難しいだろうし好ましいことだとも思えない。
危険なことをしてほしくないというのは、あくまで人間としての俺の我儘だからな。
その辺りの妥協点を模索しつつ、これからも彼女らとの暮らしは続いていくんだ。我儘を言わせてもらっても、それが通じるとは思わないようにしよう。ここではむしろ俺の方が異物なんだからな。
今回の件で記録された映像をタブレットで見返しつつそんなことを考えていると、光が不意に俺の近くに立ってじっと見てるのに気付いた。
「ん? どうした?」
顔を寄せるようにして声を掛けると、光は「よ~よ~」って言いながら俺の頭を撫でてくれた。たぶん、『よしよし』って言いたかったんだろうな。俺が苦虫を噛み潰したような顔をしてたのを気遣ってくれたようだった。
「光は優しいなあ。ありがとう。
手は泥だらけだけどな」
そうだった。気遣ってくれたのは嬉しいんだが、來と泥遊びをした後だったから手は泥だらけで、当然、俺の頭も泥だらけになってしまった。
だが、いい。この子の気持ちが心にしみる。
頭の泥を流さないといけないし、今日は光と一緒にシャワーを浴びた。その姿を見てると、妹を風呂に入れてやった時のことを思い出す。あの子も気持ちの優しい子だった。本当に、あの子が生まれ変わって還ってきてくれた気さえしてしまう。
それも人間の勝手な感傷だというのは分かっている。この子は妹の生まれ変わりなんかじゃない。光は光だ。
未開の惑星に不時着・遭難したことで<家族>を得ることになるとか最高に皮肉な話だが、まあいいさ。人間としての我儘とこの世界の摂理との綱引きに頭を悩まされつつも、俺はこれからもここで生きていく。
今、これまでの人生で最高に『生まれてきて良かった』って思ってるよ。




