ハーレム(とは言っても、これがけっこう大変だ)
騒動から三日が過ぎ、治療を終えた密と伏は、何が起こったのかよく分からないという様子でカプセルから出てきた。お互いに牽制はし合っているようだが、さすがに俺の前では無茶はしない。
傷もほとんど目立たなくなるくらいになっていた。ちぎれかけていた伏の左瞼も完全に治り、左肩が外れた密も痛みもなくなったらしく普通に左腕を動かしていた。その様子にホッとする。
だが、エレクシアが言ったとおり、これは俺が今まで曖昧にしていたことが招いた結果だというのは間違いないと自分でも感じた。
ハーレムが成立してるのはいいんだが、どうやらいよいよ、<ハーレムの主としてのお勤め>を果たさなければならない時期が来たようだ。
「マスターが務めを果たさないことでストレスが溜まってきてるのもあったのではないですか?」
密と伏の大喧嘩について、あの時に比べればまだ柔らかい言い方ではあったが、エレクシアが原因を推察してきた。それは正直、俺も以前から感じていたことだった。密と伏がいがみ合うのは、俺が態度をはっきりさせないからだと。
彼女達は、地球人のDNAを受け継いでると言ってももう既にこの惑星に根付いた野生の動物だ。彼女達にとって雄に懐くのは人間が恋愛を楽しむのとは訳が違う。自分達の種を繋ぐ為の闘いなのだ。それで自分が子を宿せない、ハーレムの主の寵愛を受けられないとなると、自分の遺伝子を残せないという、野生動物にとってはあってはならない大問題の筈である。
そうなるとストレスが溜まるのも当然なんだろうな。
「だよな。俺はこの群れのトップなんだもんな。その務めは果たさなきゃいけないよな…」
とは言え、人間にとってそれは義務化してしまうと案外辛いことになってしまうのも事実だと思う。昼間、伏が寝ている間に密を、夜に密が寝ている間に伏を宇宙船のキャビンに連れて行って甘えてもらう。だが、そこから先に進む気にはなれなかった。二人を抱く気にはなれなかった。
密も伏も、切なげに濡れた目で俺を見る。なのに俺はそれに応えることができない。
「このままでは、この<群れ>は崩壊しますよ。彼女達は野生動物です。見限る時には呆気ないほどに簡単に終わるでしょう。
それとも、マスターはそれをお望みですか…?」
密を部屋に戻してから自分の部屋に戻った俺に、エレクシアがそう告げた。いつものように冷淡で冷静で冷徹な言葉だった。
「…まったく。お前だけは変わらないな……」
彼女の方は見ずにそう呟いた俺に、エレクシアはなおも言った。
「当然です。私はロボットです。そして既にマスターに対して最適化されています。
マスター。私はあなたのものです。彼女達がマスターを見限っても、私があなたの下を離れることはありません。
いいですよ。マスターが望むなら、また私とあなたの二人だけになっても構いません。
すべては、あなたの望むままに……」
ドラマやアニメのヒロインなら、普通はここで最高の笑顔で俺を見詰めてくれたりするんだろうが、エレクシアに限っては決してそんなことはなかった。初めて出会った時と変わらない冷めた視線で俺を真っ直ぐに見ているのが分かる。
そうだ…そうだよな……それでいいんだ。お前はただお前のままで俺の傍に居てくれるんだ。たぶん、俺が死んだ後もお前は俺に尽くしてくれるんだろう。それがお前なんだもんな。俺は、そんなお前に支えられてきたんだ。
顔を上げて、彼女を見る。そこにあったのは、やはり、透き通った迷いのない視線だった。
その目を見た瞬間に、俺はお前に魅了されていたんだ。お前が欲しいと思ってしまったあの時と何も変わらないその目が、俺を支えてくれてるんだ。
分かってたことじゃないか。家族を喪い、人間社会を見捨てた俺に残されてたのはエレクシアだけだって。
その後で望外に密や刃や伏や鷹に出逢ったからといって何を難しく考えてるんだ。俺がエレクシアを欲しいと思ったように、彼女達も俺を欲しいと思ってくれてる。その気持ちに応えることを難しく考える必要なんてどこにもなかった筈だ。
ちゃんと密達に対して気持ちは昂っているというのに、『俺はもっとセクシーな女性が好みだ』とか自分で自分に言い訳をして何の意味があるんだ。誰に対して遠慮してるんだ。エレクシアか? 俺が密達の気持ちを受け入れたところで彼女が俺を見捨てるとでも思ってたのか?
結局、そういうことなんだ。俺は、エレクシアに嫌われるのが怖くて密達を受け入れることができなかっただけだ。それはつまり、俺自身がエレクシアを信じ切れてなかったってことでもある気がする。俺が何をしてようと、ロボットである彼女が俺を嫌う筈がないじゃないか。
エレクシアは、自分がロボットであることに誇りを持っている。その彼女をきちんとロボットとして扱わないのは、尊厳を踏みにじってることにもなるんだ。
だからこそシンプルでいいんだよ。ここではシンプルでいいんだ。エレクシアの方がよっぽどしっかりと理解している。俺がいた人間社会での法律も道徳も倫理観も世間体も関係ない。ここにはここのルールがある。そういう世界なんだ。
分かってたはずのことを改めて思い出して、色々馬鹿馬鹿しくなって、俺は笑いが込み上げてしまっていた。
「まったく…お前は本当にいい女だよ。エレクシア」
ゲラゲラと声を上げて笑ってしまいそうになるのを噛み殺し、正直な気持ちを口にする。ただ単純にそう言いたかったんだ。そんな俺に彼女は言った。
「なにをおっしゃってるんですか? 私は女性ではありません。メイトギアです。お間違えなきよう」
次の日、俺は密を抱いた。その次に刃を抱いて、鷹を抱いて、夜になってから伏を抱いた。さすがに一日に四人となるときつかったが、それぞれ求めてくるタイミングが違うから、一日に四人ともを相手にすることはそんなに多くはなかった。
密はほぼ毎日、刃は四~五日に一度、伏は二日に一度。鷹は七日に一度くらいか。これがこの群れの中での俺の役目なんだ。それを素直に受け入れて、俺も自分の中に滾ってくるものを彼女達にぶつけた。彼女達もそれを喜んで受け入れてくれた。
たまに四人が重なってしまう時にはセシリアが精のつく料理を用意してくれた上に念入りに疲労回復の為のマッサージをしてくれたりもした。
するとまず、密が妊娠した。まあ、ほぼ毎日だったから当然か。次に鷹が妊娠し、伏が続いて妊娠した。刃は他の三人と比べると一番異質だったからかなかなか妊娠しなかったが、密の腹が目立ち始めた頃に妊娠が判明した。
「さて、いよいよ忙しくなりますね」
セシリアが嬉しそうに微笑んでた。人間に仕え守ることが存在意義であるはずのメイトギアとしての役目を果たせず、コーネリアス号の乗員達が寿命を全うできずに命を落としていくのを看取るしかできなかった彼女にとっても、ここで新しい命の世話を焼くことは何よりの喜びだったに違いない。メイトギアに心はなくても、それを好ましいことだとして喜びを表すことはできるのだ。
そんな俺達を、エレクシアがやはりあの涼しい目で見守ってくれていたのだった。
それから一年。ここに不時着してから既に二年。俺達の群れはベビーラッシュともいうべき様相を呈していた。皆に先んじて子供を、しかも双子を産んだ密は三人目を妊娠中である。さらに今度は刃もすぐに二人目を妊娠した。この調子なら、伏や鷹も遠からず次子を妊娠するだろう。
密が産んだ双子は、男の子と女の子だった。二卵性双生児というやつだ。男の子の方は密の特徴を色濃く受け継いでいたが、女の子の方は人間の特徴が色濃く出た。髪の毛の色が密の本来の毛の色と同じなだけで、それ以外は殆ど人間そのものだった。
その所為か、密は女の子の方の世話をしようとしなかった。彼女にとっては自分の子に見えなかったんだろう。しかしそれは仕方ない。人間に近いDNAを持ち人間に近い姿をしていても彼女はやはり野生動物なんだ。俺に近付きすぎて元の群れから追い出されたように、これは彼女達にとっては摂理なんだ。その女の子の世話は代わりにセシリアとエレクシアがしてくれた。これもメイトギアの本来の役目だからな。
刃は昆虫の特徴を持ってるから少し心配していたが、妊娠・出産は人間とほぼ同じだった。生まれてきた子も母親そっくりの女の子だった。小さなカマにはまだトゲがなく、自分で獲物を捕らえることはできない。
鷹は、腹が大きくなると空が飛べなくなるからか妊娠期間が一番短く、先に妊娠した密が出産した直後に六ヶ月ほどですごく小さな赤ん坊を産んだ。女の子だった。人間で言えば完全に未熟児のレベルだろうが、彼女の種族ではこれでもう十分なのらしい。見る見る大きくなって二ヶ月ほどで羽もほぼ生え揃った。
伏の子は、男と女と男の三つ子だった。生まれて一ヶ月でハイハイを始め、既にすさまじいやんちゃ盛りである、特に密の息子とはしょっちゅうケンカをしている。
だが、本当は仲は悪くない。その子達の母親である密と伏も同じだった。俺がきちんと相手をしてやると、すごく仲が良さそうにする訳じゃないが酷くいがみ合うこともなくなった。やっぱり、俺が十分に構ってやらなかったのがストレスになってたんだろうな。
こうして俺は、俺達は、ようやく本当に<群れ>として生きることになったのだった。
エレクシア、密、刃、伏、鷹、セシリア、力、悠、それから子供達。
みんなで楽しく生きていこう。
これからも、よろしくな。




