誉編 凱旋
嶽を倒せたことで、俺は心底ホッとしていた。
ローバーの椅子にもたれて、脱力したままタブレットの画面を見つめる。
そこには、自分達と一緒に戦ってくれたメイフェアを労うように頭を撫でる誉の姿が捉えられていた。
『そうだな…、メイフェアは目一杯頑張ってくれた。精一杯労ってやってくれ……』
そう思うと、俺もエレクシア達を労ってやらなきゃなと思ってローバーから出ようとして、ハッと思い直してドアを閉じた。
ここで俺がうっかり出ていったら、騒ぎを聞きつけて集まってきていたであろう危険な動物達の格好の餌になってしまう。
フィクションならこの場合、皆と勝利の喜びを分かち合って抱き合ったりして盛り上がるところなんだろうが、現実はそう甘くない。
エレクシア達がこっちまで戻ってきてくれるのを待つのが筋だな。
こんな時までそれが頭に浮かぶとか、俺も骨の髄までここでの暮らしに慣れたってことか。
しかし、エレクシアは、嶽の血でどろどろになったまま戻るわけにはいかず、例のシャワー代わりになる蔓を使って、血を洗い流していた。
その様子が、イレーネのカメラに捉えられている。
だが作戦そのものは終了したので、誉達は自分達の縄張りまで引き返し始めた。
嶽の接近に伴って危険を察知したのか逃げ去ってしまっていたが、ここは本来、他のパパニアンの群れの縄張りだからな。危険が去ったことを知って戻ってくるまでに撤収しないと、また余計なトラブルの素になる。
そういうところも、誉は頭が切れるんだ。
当然、メイフェアも、少し遅れてではあるが、誉の警護に戻る為に後に続く。
と、ローバーの外が一気に賑やかになった。興奮冷めやらないパパニアン達が声を上げながら通り過ぎようとしてたんだ。
フロントウインドウから見える木々の枝を、白い影が次々と通り過ぎていく。
その中には、旭と薫をしがみつかせた命の姿もあった。それを守ろうとするかのように、轟と昴が続く。
そして群れの全員が通り過ぎた後で、誉と蒼が、通り過ぎようとした。
が、通り過ぎるかと見えた誉が急に、枝にぶら下がって止まり、ローバーの方へと振り向いた。
俺がいることに気付いたんだろう。蒼もそれに従うかのように止まり、誉と一緒に俺を見た。
何か話しかけるわけでもなかったが、誉と蒼は、しばらく俺を見た後、ひらひらと手を振って挨拶し、それからまた翻って群れの後を追って去っていく。
『別に礼なんかいいのに』
俺にはそれが誉なりの<礼>だと分かって、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
実際に戦ってくれたのはエレクシアでありメイフェアでありイレーネだ。礼なら彼女らにしてくれればそれでいい。
と思いながらも、悪い気はしなかったのだった。




