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セシリア(彼女ももう俺達の群れの仲間だな)

(はるか)の妊娠が分かって一番喜んでいたのはセシリアCQ202だった。毎日丁寧に(はるか)の様子をモニタリングして異変がないかをチェックする姿もどこかウキウキした感じだったな。


そして今は、(きたる)が成長が楽しみで仕方ないらしい。と言っても、厳密には『そう見えるだけ』なんだけどな。


それでも、少なくともそう見えるというのは大事なことなんだろう。何しろ俺もそんな彼女の様子を見てると気分が良かった。それを狙ってそういう振る舞いをするように作られているんだ。


以前にも言ったが、普通に人間社会の中で生きていた頃には、メイトギアが人間らしく振る舞うのを毛嫌いしていた部分もあった。あざとく、嘘臭く見えてしまって気分が悪かったからだ。しかし、他に人間がいなくなってしまった今では、そんなセシリアCQ202の姿も悪くないと素直に思える。


ところで今日は、週に一回のメンテナンスの日だ。別に一ヶ月に一回くらいでも問題はない筈なんだが、いかんせんもう大きく故障したら修理もできないという背景もあり、しかも他にすることもないからわざとスケジュールを入れることで日々の景色に変化をつけようという意図もある。


まあ、それ以上に、彼女がコーネリアス号の一員だったという事実を忘れないようにするというのが一番かもしれないが。


夜、基本的には夜行性の(ふく)を除く皆が寝静まった後、セシリアは専用ローバーに乗ってコーネリアス号に向かう。今回も不定形生物による襲撃もなくスムーズに到着できた。


そして、コーネリアス号に来るたびに彼女はそこで一旦ローバーを止めて降り、乗員達の墓がある方向に一礼をして、それから改めてカーゴスペースへと乗り入れる。その一連の様子を、彼女のカメラが写していて、それが俺のタブレットにも送信されてくるんだ。


墓は、朽ちてしまった木材のそれに代わって、コーネリアス号の構造材の一部を材料にして工作室で作った腐食や風化に強い墓標を建て、墓地として整備し直した。六十人分の墓標が整然と並ぶその光景は、人間にとってはやはり寂寥感を覚えさせるものでもある。


正直、他に誰かが参る訳でもないのだからただの自己満足の類でしかないんだが、人間にとっては時にその自己満足そのものが必要なんだろう。だからセシリアCQ202にも人間の感傷を理解する機能が与えられているんだ。


そこから先はもう決まりきった作業だけなので、俺も寝ることにする。


しかしロボットであり休息を必要としない彼女は中に入ると、まず、キャビンの掃除を始める。それが終わると次は、乗員達の個室を一つ一つ回り、異常がないか確認していった。散らかっていた部屋は片付け、今ではそれこそ誰かが実際に使っているかのように綺麗にされている。ただその上で、乗員それぞれの性格を考慮して、敢えて雑然と置かれた私物を極力触らないようにもしていた。


それらを終えた後で、メンテナンスを受ける。


というのがルーチン作業だ。


メンテナンスにしても、週に一回の割合で受けに来ているからそんなに時間はかからない。ボディーの傷の修復と洗浄と各パーツの劣化状況をチェックするだけだ。そのおかげで、(ちから)に噛み付かれた時の歯形も既に消えている。ただ、バッテリーが完全に劣化しきっていて使い物にならないので、それについての警告が毎回表示されるのはやや大きなお世話という感じかもしれない。


構造材などは千年単位の耐久性があるから問題ないが、化学反応を利用しているバッテリーはどうしても百年単位の耐久性しかない。それで思い出したが、二十一世紀頃にはそれこそ数年しか持たなかったというから不便だっただろうなと思ってしまう。しかも、ただのタブレットなどでもフル充電で数時間しか稼働できなかったとか、実用性があったんだろうかとつい心配さえしてしまうほどだ。今なら、メイトギアでもフル充電すれば一ヶ月は充電なしで稼働できるというのに。


さらには、原子力発電所とか火力発電所とか、大規模な発電施設でいくつもの都市の電力を賄ってたという話を聞くと、その発電所がダウンしたりしたら一発で都市機能がマヒしてしまうじゃないかと恐ろしくなる。その上で電気代まで取られてたというんだから、それでよく生活が成り立ってたなとむしろ感心してしまったりもする。今では、家庭用のアミダ・リアクターが普及して、数万年は電気を使い放題っていうのが当たり前だからな。これでリアクターの小型化などが進めばメイトギアでさえリアクターを搭載して充電の必要がなくなったりするのだろうか。


って、余談だったな。


まあとにかく、エレクシアに比べればかなり旧式のメイトギアであるセシリアCQ202も、昔の人間にしてみれば殆ど魔法で動く人形なのかもしれない。


明け方、まだ空は暗かったが、ローバーが戻ってきた気配を察して俺も目が覚め、エレクシアと一緒にセシリアを出迎えた。


「ただいま帰りました」


「おかえり」


ローバーから降りてきた彼女は、その手に大きなカゴを抱えていた。見ればそのカゴには、信じられないことに、トマトやナスやキュウリや白菜やキャベツやジャガイモといった、俺にとってはまさに<野菜らしい野菜>が山盛りだった。


「どうしたんだ、これ!?」


思わず声が上ずってしまう俺に、セシリアCQ202はふわっと微笑みながら言った。


「コーネリアス号の植物プラントを稼働させて作っていたんです。土などがダメになっていたので時間がかかってしまいましたが、ようやく収穫できました。錬是(れんぜ)様を驚かせたくて、エレクシア様にも黙っていてもらっていました。申し訳ございません」


「……!?」


どこか悪戯っぽく話す彼女の姿が、俺に甘えてくる妹の姿と重なってしまって、俺は少し狼狽えた。


「錬是様? どうなさいました? ご気分が優れないのですか?」


そう問い掛けてくる彼女に、俺も何とか微笑み返す。


「ああ、大丈夫だ。ちょっと驚いただけだよ。ありがとう、セシリア」


そうだな。セシリアCQ202、いや、セシリアも、ただのロボットではなくて本当にもう俺達の群れの仲間なんだというのを実感していたのだった。



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