繁殖(生き物である以上、避けては通れぬか)
突然、悠の様子がおかしくなった。
まず第一に、情緒不安定になったのだ。
力とイチャイチャしていたかと思えば急にイライラし始めて、力に近付かれるのも嫌がったりもした。近付こうとすれば歯を剥き出して威嚇する。
そうかと思えばまたイチャイチャしたりと、意味が分からない。
エレクシアが言う。
「人間の女性も妊娠することでホルモンバランスが変わり、情緒不安定になることはあります。それでも人間の場合はある程度それを抑えようとも考えるでしょうが、野生動物である悠にはそういう配慮は働きませんからね。故に極端に出るのでしょう」
するとセシリアCQ202もエレクシアに同調した。
「私はコーネリアス号に配属される前は惑星開発機構内の診療所で看護助手をしていましたが、確かに妊娠中の女性の心理については細心の注意を求められていました。母体の状態が胎児にも影響しますので」
俺は男だからあまりその辺の実感はないが、確かによく聞く話ではある。
あ、それと余談だが、<惑星開発機構>というのは、総合政府内に設置された部署で、惑星の探索、開発、入植等々を管轄する、各惑星に存在する支所なども含めれば職員総数は十万人を超えるとも言われてる巨大組織だ。地球にある本部に至ってはそれだけで一つの<街>を形成しているらしい。
と、それは置いといて、エレクシアから決定的な情報がもたらされた。
「悠の体の映像を詳細に解析した結果、子宮内に胎児と思しき影が確認できました。体が透明であるが故に可能な解析ですね。腸内の残留物の陰になってよく見えませんでしたが、私のカメラの受信感度を調節することで可視光線の周波数によっては見通すことが可能です」
う~む。さすがにロボットならではの話だな。人間にはできない芸当だ。それに、腸内の残留物と言えば当然<あれ>な訳で、俺はなるべく見ないように見ないように意識してたし。悠の体は透明でも、外から取り入れたものについては透明にはならないからな。完全に悠の体組織に同化したものは透明になってしまうらしいが。
にしても、そうか~、妊娠か~。
俺はその事実に、何とも言えないむず痒いような気分になっていた。無理に例えるならあれか、『姪っ子とかが妊娠したのが分かった時』って感じかな。喜ばしい筈なんだが複雑でもある。
とは言え、ここは素直に祝福するべきなんだろうな。
「おめでとう、悠、力」
まったく。知り合いどころか人間すらいない未開の惑星でこんなことを言う羽目になるとは思ってもみなかったよ。
だが、悪くない。
俺はもうここで暮らしていくのだ。ここでの生活を楽しむと決めたんだ。なら、新しい命の誕生を喜べばいいじゃないか。
こうして悠と力の子供を待ち望む毎日が始まったんだが、結構、じれったいものだな。これがドラマやアニメならポンと場面が転換して何ヶ月も先に進んでくれるというのに、俺の前で繰り広げられるのは、情緒不安定になった悠に振り回される力の姿だけだった。見た目にはこれといった変化がなく、俺の目には本当に妊娠してるのかどうかも分からない。悠の臓器をじっくりと眺める気にもなれないしなあ。
「待つのも仕事ですよ」
セシリアCQ202が穏やかに微笑みながら話し掛けてくる。彼女は何度もそういう経験をしてるから、慣れたものだった。少なくとも俺やエレクシアよりは。
「私はこれまで、妊娠した女性との接点があまりありませんでしたので、データ上でしか知りません。大変に興味深いですね」
家のメンテナンスをしながらエレクシアが言う。実際の生活で判明した改善点を基に更新を図るのも彼女の仕事だった。そのおかげで、悠と力の<家>である池の整備も進み、二人にとってより快適な環境になっていってるらしかった。
力の種族は、たとえ仲間が集まって暮らしていてもそれは<群れ>ではなく、あくまで個体それぞれが自由に生きているようだった。番になった場合はそれが基本になる。河の近くにプローブのコンテナと中継器を置いてプローブを使って彼らの生態を観察して分かったことだ。
しかも、番になってからも他の雄や雌がそれぞれにアプローチを掛けてパートナーを奪ったり奪われたりということが頻繁に起こるらしい。まあ、それによって酷い争いが起きるかと言えばそうでもなく、奪われた方は早々に諦めて次のパートナーを探すようだが。
が、そうは言っても嬉しいことでないのも事実なんだろうな。他に仲間がいないここで二人だけで暮らせるのは、力にとっては幸運なことかもしれなかった。
あと、妊娠中に寝取られると、胎児は流産してしまうらしい。残酷なようだがこれも彼らの種族の摂理というものか。そういう意味でもここでの生活は、二人にとっては幸せなようだった。
こうやって人間が干渉することが本当に幸せかどうかは微妙かもしれない。ただ、悠や力の側からの視点でも、たまたまこうして都合の良い環境を手に入れられるというのは、決して悪いことでもないんだろうな。




