誉編 日々 その7
人間の戦争の話なんか誉達には関係ないんだが、何となくあいつらの在り方が人間にとっても大事なことのように思えてね。
バランスのとり方は誉達の方がよっぽどわきまえてる気がするよ。
人間は知能を発達させて高度な思考が行えるようにはなったんだが、反面、感情の制御、いや、
<憎悪の制御>
が難しくなってるんだろうな。
誉達は人間ほどは<憎悪>を抱いてないのがすごく分かる。
仲間や家族を喪えばもちろん悲しみはするものの、それをずっと引きずることもない。
それだけに人生を費やしてしまうこともない。
人間からすれば薄情にも見えるかもしれないが、あいつらはあいつらなりに死を悼んでいる。
『復讐に人生を費やさなければ、犠牲になった者を悼んでることにならない』
とは考えてないんだ。
<他者との衝突>は、生きている限りは必ず起こる。それは避けようがない。そういうものが一切存在しない世界は、おそらくこの世にはないんだろうな。
だが、避けられる衝突もあるはずだ。
人間は、避けられる衝突は避けることを選択した。それはもちろん、人間同士の衝突もそうだが、人間以外の生物や、自然そのものとの無用の衝突も避けるようになった。
だからこそ、今でも生き延びられているんだろうな。
だが実は、植民惑星開拓の黎明期、ある惑星で、
<人間にとって完璧に快適な生活環境>
を作る為に、その惑星に元々生息していた昆虫を<害虫>と見做して徹底的に駆除しようとしたらしい。
しかしその<昆虫>は、確かに病原菌も運ぶが、実はもっと恐ろしい病気の原因になるウイルスの抗体の素となる微生物も宿した昆虫だったそうだ。
にも拘らず、それを徹底的に駆除してしまったことで、そのウイルスを原因とした疫病が蔓延。数万人単位の犠牲者を出す災禍となったという。
俺の光莉号や、惑星探査船であるコーネリアス号にも搭載されている、ワクチンを自動生成してくれる装置は当時もうすでに実用化されていたが、その時点で発見されていたタイプとは異なるウイルスにはすぐに対応できなかったのだとか。
そういう失敗から、人間は教訓を学び、ただ『都合が悪いから』というだけで排除しようとしてかえって大きな問題を招くようなことは避けるようになっていったんだ。
人間は決して、ただ愚かなだけじゃない。経験から学ぶことができる生き物でもある。
今はまだ<万物の霊長>を名乗るには未熟かもしれないにしても、もしかすると一万年後くらいにはそれを名乗るに相応しい存在になっているかもしれない。
……一万年じゃまだ足りないかもしれないかもだが、いつかは、な。
誉達に対して恥ずかしくない存在でいたいじゃないか。