誉編 碧 その3
誉がまだ俺の下にいた頃、探検的に密林に入って遊んでた時期があった。その際、<縄張り>を接する群れの子供達と一緒になって遊んでたんだが、その中で一番、誉と仲良くしてくれたのが蒼だった。
そういう場合、普通なら縄張りの境界をめぐって双方の群れが対立状態にあることが多いので必ずしも『微笑ましい光景だな』とか言ってられなかったりするものの、俺は、こちらに対して攻撃的でさえなければ別に強硬に縄張りを主張するつもりはないので、子供達が遊んでる分には好きにさせていたんだ。
加えて、後で分かったこととして、縄張りの奪い合いをしている群れ同士でも、子供同士が仲良くなる分にはそれほど口出しされないらしい。たぶん、他の群れから合流する者を受け入れることで近親婚を避けようという本能が働くのかもしれないな。
でも、ある時、一緒に遊んでいたパパニアンの子供の一人が、ボクサー竜をからかって遊び始めた。
ボクサー竜は、おそらくグンタイ竜の基になった動物で、外見上は一回りほど小さいだけで、グンタイ竜の<兵隊>によく似ている。
しかし、組体操のピラミッドよろしく自分達で土台を作って樹上にいるパパニアンに襲い掛かることを思い付くほどの知能はない。だから、パパニアンのヤンチャな子供にとっては、ある意味では絶好の<度胸試し>の相手だった。
人間の場合だと、
『自分からそんな危ないことをするとか、とんでもないクソガキだ!』
みたいなことを言われかねない行為ではあるものの、これもおそらく、天敵から身を守る能力を養うのに必要なものだと思われる。
だから、その子供のやったことを責めるのは筋違いだと俺は思ってるんだよな。
まあそれはさておき、とにかくボクサー竜の頭の上数メートルまで降りていって挑発するようにわざと枝を揺らして声を上げて、ボクサー竜がジャンプして飛び掛かってくるのを寸前で躱すという遊びを繰り返してたんだ。
誉も何度かやったことのある遊びだが、頭のいいあいつはすぐにボクサー竜の基礎的な能力を把握したのか、やらなくなった。
しかも誉は、知っていたんだ。必ずしも知能は高くないといっても、例外はあるということを。
この時のボクサー竜がそうだったんだろう。
パパニアンの子供にからかわれたそのボクサー竜は、何度か普通にジャンプして襲い掛かろうとしたんだが、それが届かないとみるや、木の幹を足場にしてさらに高く飛び上がったんだ。
「あいっ!?」
どうせ届かないと高を括っていた子供は、思わぬ動きに驚きの声を上げて逃げようとしたものの、手遅れだった。ボクサー竜がその子供の足に食らいついてぶら下がり、地面へと引きずり落としたのである。
「ぎゃーっ!!」
死の恐怖に囚われたパパニアンの子供の魂消るような悲鳴が、密林に響いたのだった。