誉編 静 その2
静の母親は、元々、ボスにあまり好かれていた訳ではなかったらしい。ただ単に子を作る為に傍に置かれただけで。
その為か、生まれた静も群れの中での扱いが悪く、それどころか、はっきり言って憂さ晴らしの対象にされたようだ。本来ならボスの子ということで守られる筈が、彼女をイジメてくるのがそもそもボスの子、しかもヒエラルキーとして上位の雌から生まれた子なので、相対的に彼女の扱いも悪くなるという形だな。
野生で生きる動物は、たとえ食物連鎖の下位の方の動物であってもそれなりにタフであり、故に個体としての強さが重要視される傾向にあるらしい。だから弱い個体は他からの攻撃を跳ね返せず、イジメ抜かれて死んでいく。
人間ほどは細かいことまで長く記憶にとどまらず、<恨み>も(あくまで人間に比べればだが)引きずらないので、そういうことがあっても成立するんだろうな。
その点、人間は知能が発達してる分、過去を詳細に記憶することができ、それが故に強い恨みをいつまでも抱き続けることができてしまう。しかもその恨みを晴らす為に知恵を絞るということも。
それと同時に、元から脆弱な動物なので、互いに力を合わせなければ生きられないという特性もあり、恨みを募らせた人間同士でいがみ合うのを忌避し、助け合うことを是としたんだろう。
なにしろ、何千年も前の先祖の恨みをいまだに引きずって対立を続けてる民族だってあるらしいからな。
既にお互いになんだかんだと混血が進んでもはや<別の民族>と言っていいのかどうかも怪しいレベルになったというのにまだそれらしい。
実際、今でも僅かに残る局地的な紛争の原因も、元を辿れば、やれ『十字軍』がどうとか『聖地がどちらのもの』だとか、そんな感じでいまだに揉めているんだ。
人間の場合、その調子で戦争とか起こすと、人間の被害だけでなく、それ以外の生き物や自然環境に対しても重大な被害を与えてってなるから、今では、
<戦争そのものが自然や環境に対する重大な犯罪>
ってことになってるそうだ。
『人間同士の勝手な諍いに、自然や環境を巻き込むな!』
ということなんだろう。
だから人間同士でいがみ合う原因にもなる、イジメや差別感情を忌まわしいものとして禁止してきたということだな。
が、たとえ恨みを抱いて仕返ししようとしても、どこまでも個体同士のケンカレベルに収まってしまう野生の動物の個体同士のイジメ云々は、人間のそれほどは口出しされないし、したところで意味もないのか。
故に俺も口出ししないようにはしてる。
まあ、静の過去については口出ししたくてもできないけどな。過去だから。