誉編 命 その2
木の上で怯える命の様子に、俺は、この時に起こったことを思い出していた。
詳しく触れるのも憚られるほど凄惨な出来事だったな。
なにしろ、二十人以上の群れが一つ、グンタイ竜によって皆殺しにされたんだから、痛ましいとしか言いようがない。
と言っても、グンタイ竜の方も生きる為には獲物を捕らえて食わなきゃいけないので、その辺りは割り切るべきことなんだろうが。
さりとて、このグンタイ竜という生き物自体も自然の摂理からは外れた異常な存在だった訳で、こいつらが密林の動物すべてを食らい尽くし自滅するのをただ見ているか、自分達の身を守る為の生存競争として駆逐するかの選択を迫られた俺は、やむなく駆逐することを選んだのだった。
その際、グンタイ竜の<女王>が、謎の不定形生物に襲われて死亡したコーネリアス号の搭乗員の一人、秋嶋シモーヌの遺伝子を基に生み出されたらしい、彼女そのものの姿をその体の一部に再現した<アリの怪物>のようなもので、この女王をめぐってメイフェアとエレクシアは対立することになったんだ。
秋嶋シモーヌの姿を再現はしていても、知性も記憶もまったく持ち合わせていなかったグンタイ竜の女王は<人間>ではない為、むしろ人間である俺や俺の家族にとって命の危険もある<害獣>と認識できるエレクシアは、容赦なく駆除しようとした。
しかし、一方のメイフェアは、コーネリアス号で秋嶋シモーヌに貸与されたロボットとして彼女に仕えていたことから女王を攻撃できず、エレクシアから<秋嶋シモーヌの姿を再現した女王>を守る為にエレクシアと戦った。
が、いかんせん、二千年分の技術の開きがある彼女とエレクシアとでは、何世代も前のスポーツカーが最新のフォーミュラカーにサーキットで挑むようなもので、そもそも勝負にさえならなかった。俺が『メイフェアを壊すな』とエレクシアに命令したことがハンデになって多少は抵抗してみせたものの、そこに現れた誉に、
『なにやってんだ!?』
とパパニアンの言葉で叱責されて隙ができ、そこを突かれて女王を駆除されるという結末だったんだよな。
もとより、明らかに人間じゃないグンタイ竜の女王を守ろうとしたのも、彼女に装備された<感情(のようなもの)>の所為だし、このことからもロボットに人間の感情を再現することには無理があるから、何度も試みられては結局見送られてきたんだなあと実感したよ。
などということがあった陰で、命は壊滅した群れの唯一の生き残りとして隠れていて、どうやらその後誉の群れに合流することで生き延び今に至る、ということのようだな。