衰え(ついにきてしまったか……)
更に月日は流れて、光も灯も順も、着実に<成長>していってる中、密も確実に<変化>していた。
と言ってもそれは、明確に、
『衰えていっている』
という意味での変化だが。
しかも、何となく引っかかる変化も見られる。
「密……?」
俺がそう呼びかけても、反応を示さないことが増えてきたんだ。
以前から明らかに聞こえてるのに無視するようなことはあった。
そういう時は大抵、何らかの理由で虫の居所が悪いというのがお決まりのパターンだったんだが、最近のそれは、明らかに違ってるんだ。
まるで、俺が呼び掛けてることが認識できていないかのような……
そんな彼女の様子に、俺は何とも言えない不安を覚えていた。そしてそこに、エレクシアが決定的なとどめを刺してくれた、
「認知症の症状が見られます」
「……な……!?」
思わず声を上げてしまったが、たぶんそうだろうなと俺も察してはいたよ。
<認知症>
医学が非常に発達した今の人間社会においてはもはや遠い過去のものになっていた脳疾患。
それが、今、俺の大切な人を蝕もうとしている。
正直、俺も認知症という病気のことについては、話の中でしか知らない。
なんでも、自分が誰なのかさえ分からなくなる病気だとか……
「そうですね。それは典型的な認知症の症状の一つだと言われています。そしてまた、症状が進み重度となると、自身の家族のことも、愛していた筈の人のことも分からなくなる場合もあったそうです」
「……」
エレクシアの語る恐ろしい内容に、俺は体の芯が冷たくなり、強張るのさえ感じていた。
『密が、俺のことも分からなくなる……?』
その時、俺が囚われていたものは、まぎれもない<恐怖>だっただろう。密が俺のことも分からなくなるとか、そんなもの、俺にとっては悪夢以外の何物でもない。
「……治療カプセルで治せるものなのか……?」
一縷の望みを託して発した俺の問い掛けは、しかしエレクシアに冷酷に打ち砕かれた。
「いえ、一般仕様の医療用ナノマシンに、そこまでの機能は与えられていません。脳に関しては、あくまで外科的に治療可能な損傷を回復させるだけです。認知症の治療には、専用の医療システムが必要となります」
……まったく…どこまでも事務的で冷淡だな、エレクシアは……
まあ、そういうところが気に入ったからこそ彼女を買ったんだから、文句を言う筋合いじゃないんだけどな。
だが、この時ばかりはこたえたよ……
かつて、認知症が根治不可能な恐ろしい病気だった頃には、症状が進むことを、
『壊れていく』
と称したこともあったそうだが、俺の声に反応しないこともある密を見た時、そういう表現を用いた当時の人間の気持ちが分かったような気がしたのだった。