正対(我ながらバカなことをしてるとは思う)
「錬是様、危険です。おやめください」
エレクシアだけでなくセシリアCQ202もそう言って俺を止めようとする。まあ、メイトギアなら当然の反応だ。主人が命の危険もあるようなことをしようとすれば体を張ってでも止めようとするのが彼女達だからな。
しかし、人間というのは時に非合理的で筋の通らないバカなことを意地でもやりたくなることがあるんだ。
人間の心理に対する研究はそれなりに進んでいて、エレクシアは、
「仕方ないですね。そこまでおっしゃるのなら好きになさってください。ただし、生命の危機があると判断した時には私が介入します。それでよろしいですね?」
呆れながらも承諾してくれた。だがセシリアCQ202の方は、
「エレクシア様! どうして止めないのですか!? それは私達ロボットの信義則に反します!」
と、なおも止めようとする。この辺りは、やはりアルゴリズムのバージョンの違いだろう。セシリアCQ202が現役だった頃には人間の身体生命を守る為には敢えて人間の要望に従わない場合もあったということだ。
今でももちろんそういう面もあるんだが、そこの線引きがさらに柔軟に綿密に行われるようになったということだろう。頭ごなしにやめさせようとするとさらに意固地になる人間もいるからな。
俺みたいに。
「セシリアCQ202。お前には理解できないだろうが、二千年の間にメイトギアもそれなりに進歩して、人間の心理をより一層理解するようになったってことだよ」
という俺の言葉に、セシリアCQ202は「そんな…」と困惑するしかできなかった。だから俺は彼女に対して命令する。
「学習モード。カスタマイズ。今から俺という人間を理解する為に、一時的に倫理アルゴリズムを制限する。黙って見てろ」
学習モードのカスタマイズは、ロボットが主人の性格や感性を学習し緻密な対応ができるようになる為に利用する機能である。今ではわざわざ命令しなくても自動的に学んでくれるんだが、昔はいちいち設定しないといけなかったのだ。と、ものの本で読んだことがあったのを思い出したのだった。
「学習モード。カスタマイズ。承知いたしました。これよりカスタマイズを行います」
俺の命令を復唱したセシリアCQ202の顔から表情が失われる。なるほど本で読んだ通りだな。
そういう訳で、俺は作業服をきっちりと着直し、地雷を踏んでも壊れないという安全靴(怪我をしないとは言っていない)とハイカーボンファイバー製の防刃手袋を身に付けて、フルフェイスのヘルメットをかぶり、ハンドガンには樹脂弾頭のスタン弾を装填して、草むらに潜んでいるヒョウ人間に向かってゆっくりと歩き出した。
「マスター、対象の動きが止まりました。距離は約二十メートル。警戒しています。心拍上昇。攻撃態勢に入りました。間合いが近いと思われます」
エレクシアのナビゲーションに従い、俺もゆっくりと距離を詰める。野生動物が相手だと、自分の方が強いことを、能力が高いことを示さないと納得しないからな。俺が制圧することが一番、確実なんだ。
ハンドガンを構えるが、実は俺からはまだヒョウ人間の姿は確認できてない。位置も分かってない。結局はエレクシアのナビゲート頼みなんだよな。
「射線は三度下です。はい、その射線上、十七メートルの位置にいます」
と言われてもやっぱり見えない。ホントに大したものだよ。
さらに間合いを詰める。向こうも再度近付いてきてるそうだ。僅かに草が揺れているのが見えた。なるほどそこか。
背中にも掌にもじっとりと汗が滲む。噛まれても爪を立てられても牙も爪も肉には届かないが、骨折や脱臼ぐらいなら十分にあり得る。それくらいの力は持っている筈だ。
「あと十メートル。来ます!」
エレクシアの声に、俺も反応した。ザッと草むらから飛び出した影に向かい引き金を引く。だが、
「外した!?」
何か察したのだろう。ヒョウ人間が空中で体をひねるのが分かった。手応えがない。俺も咄嗟に横に飛んで躱す。躱しながらスローモーションのように迫ってくる影に向かって二度目の引き金を引いた。
「ギャウッ!」
悲鳴だった。完全にまぐれだったが、二発目のスタン弾がヒョウ人間の脇腹を捉えたのだ。バランスを崩したヒョウ人間が地面に落ちるのが見えた。だがすぐさま体を起こし、俺を睨み付けてくる。
それは、黄色っぽい毛皮と鬣のような黒い頭髪が印象的な、ヒョウというよりはややライオンに近い印象のある動物だった。それでいて、やはり人間そのもののシルエットをしていた。今のところは性別までは分からないが、ヒョウ、いや、ライオン人間ということか。ヒョウ的なまだら模様も確認できないし。
しばらく俺と睨み合っていたライオン人間だったが、視線は俺に向けたままで苦しそうにその場にうずくまった。たぶん、腹の柔らかい部分にスタン弾の直撃を受けたんだ。下手をすると内臓が破裂している可能性もある。
「エレクシア、どうだ? そいつのダメージは?」
「重症ではありませんが、思わぬ反撃に気が削がれたようです。攻撃的な緊張が失われています」
決着がついたことを、そのエレクシアの言葉が示していたのだった。




