その程度の恨みを（覚えていても）
野生の獣に人間のような＜意図的な悪意＞はない筈だが、時に、
『悪意を持ってるかのような振る舞いに見えてしまう』
ことは確かにある。
まさに今のアサシン竜のように。
いわゆる＜表情＞というものを作れるような顔の構造になっていないのに、いかにもな悪党面に見えてくるんだから、人間の感覚ってのはつくづくいい加減なものだなと実感する。
そう、アサシン竜に＜悪意＞はない。そんなことを考えられるだけの複雑な思考ができるような脳の構造になっていないんだ。
それは事実である。
いかに人間が、
『自分の見たいものを、自分が見たいように認識する』
という、いわゆる＜バイアス＞を掛けて目の前の事象を見るということが無意識のうちに行われてるってことを改めて実感させられる。
なんていう俺の思考とは無関係に、状況は動く。
それまで挑発するかのようにボクサー竜を見下ろしていたアサシン竜が、食べるところがなくなったのか、もはや原形を留めてないボクサー竜の子供の死骸を投げ捨てて、隣の枝に飛び移ったんだ。
「逃げるのか…？」
呟いた俺の視線の先で、アサシン竜を追ってボクサー竜も走り出す様子が画面に映し出される。
が、しばらく樹上を移動したアサシン竜がいきなり身を翻して木を駆け下り、飛び掛かろうとしたのか高くジャンプした成体のボクサー竜を空中で捕らえたのだった。そしてその長い腕で首を絞め上げるのと同時に頸椎の辺りに牙を立て、一瞬で絶命させる。
恐竜型の生物であることを強く意識させられる、大きく開く顎が非常に強力な必殺の武器であることが改めて分かるな。
そしてアサシン竜は、捕らえたボクサー竜を抱えて再び木を上った。
それにしても数の上で有利なボクサー竜に対抗する為に、フェイントを掛けたということだろうか。
だがそれだけじゃなく、もしかするとボクサー竜に対して何か恨みでもあるのかもしれないというしつこさではある。元々住んでいたところで、そこに住むボクサー竜との間で因縁でもあったのかもしれないなとは思わされるな。
成長すれば非常に強力なアサシン竜も、幼体のうちは狩られる側でもあるし、危うくボクサー竜に殺されかけた経験でもあるのかもしれない。
犬並みの知能はあるのが分かってるから、その程度の恨みを覚えていても何の不思議もないからな。
