疑問点(彼女の説明では合点がいかない)
当時はまだアミダ・リアクターが発明されていなかったからな。宇宙船の主機も補機も停止してしまっては電気の供給もままならないだろう。
そんなセシリアCQ202の説明を聞いた俺だったが、それではまったく腑に落ちない部分もあった。乗員達六十名が全滅したというのなら、密や刃達は何故ここにいる? 乗員達の末裔ではないということか?
それとも、他にも遭難したのがいたとでも言うのだろうか?
「セシリアCQ202、お前達がここで遭難した頃、この密や刃のような、人間によく似た生物はいたか?」
俺のその問い掛けに、彼女は首を横に振った。
「いえ、私達はそのような生物とは遭遇しませんでした」
コーネリアス号の脇に作られた、乗員達を弔ったという墓は、墓標代わりにした木材自体が朽ちて植物に覆われ、セシリアCQ202に案内されるまで全く墓とは気付かなかった。それを見舞いながらさらに彼女の話を聞く。
ロボットは嘘は吐けないから彼女の言ってることは本当だろう。エレクシアが彼女と交換した情報もそれを裏付けていた。データ改竄の痕跡もないと言う。
だが、これでまた分からなくなった。密や刃の由来がだ。
しかし今は考えても仕方ないので、取り敢えず昼食の用意をするためにキャビンに戻る。すると、
「うぅ~っ!」
と密が歯を剥き出してひどく警戒していた。しかも刃までカマを構えている。なるほど、セシリアCQ202がいるからか。
「嫌われていますね、私。ご遠慮した方がいいでしょうか?」
彼女はそう申し出たが、まだいろいろ確認したいことはあるし、今後は行動を共にすることになるからそれでは困る。
そこで俺は一計を案じた。
「セシリアCQ202。では、俺の命令に従ってくれ。空を見上げて首を見せろ」
人間なら戸惑うような命令にも、彼女は躊躇うことなく従った。その場で上を向いて細い首を晒す。
「これでよろしいでしょうか?」
問い掛ける彼女の無防備になった首筋に、俺は、くあっと歯を立てた。
突然の行動だったが、ロボットであるセシリアCQ202はその意味をすぐに理解した。
「私はあなたに服従いたします」
俺のなすがままに首を差し出し抵抗する意思を見せないセシリアCQ202の姿に、密と刃の緊張がすっと緩むのが感じられた。その上で、二人の前に跪かせる。
すると密は少し乱暴にセシリアCQ202の頭をくしゃくしゃと撫でて、それでも抵抗しないのを確認して今度はふんふんと匂いを嗅ぐ仕草をしてみせた。密の種族のマウンティングの一種らしい。そうやって序列を確認しているのだ。その間、立場が下のものは無抵抗でないといけないものと思われる。
もちろんセシリアCQ202が抵抗などする筈もなく、されるがままだった。やがて納得したのか、密はシートに戻って寛ぎだした。
次は、刃の番だ。首を見せたままゆっくりと近付き、そのまま首を差し出すようにしながら刃の腕に摺り寄せる。これで自分が敵ではなく、かつあなたよりも下の立場ですというのを示すのである。俺の意図を察したエレクシアが通信で指示を出してくれたのだった。
えてして人間でもマウンティングをしたがるのはいるが、こうしてみると人間も所詮は動物の一種なんだなと思い知らされるよ。野生動物では特に、マウンティングは大事なんだな。
刃も納得したらしく、体を丸めてシートに座った。
「悪いな。変な事させて」
俺が苦笑いを浮かべながらそう言うと、セシリアCQ202は穏やかに笑って、
「いえ、この中では私の序列は一番下ですから。ルールに従います」
と応えてくれた。
ローバーの上の鳥少女についてはまだ正式に俺達の<群れ>に加わった訳じゃないから今はまだいいだろう。
ようやく一段落付いて、エレクシアには食料の調達に出てもらった。草の陰をさかさかと走り抜ける小動物をここまでにも何匹か見かけたし、すぐに戻ってくるだろう。だがそれを待つ間に、セシリアCQ202が俺に申し出た。
「乗員の遺品を取ってきてもよろしいでしょうか?」
彼女の言う遺品とは、乗員のパーソナルデータが刻まれたIDタグである。もし地球に帰還することができればそれを持ち帰るのも彼女の役目なのだ。もっとも、もう既に二千年以上の時間が過ぎてしまっているから、遺族すらとうにいないだろう。しかしせめてその子孫にということだ。とは言え、俺達も帰れる見込みもない遭難者だが。
コーネリアス号にそれを取りに行くためにセシリアCQ202がローバーを出た瞬間、彼女の頭に何かが飛びついてきた。
あの鳥少女だ。エレクシアがいないのを見計らって襲い掛かったのである。さすがは野生、油断がならない。
が、戦闘能力は持たないセシリアCQ202でも、人間の介護なども行う為に体重百キロを超える要介護者を軽々と持ち上げられるだけのパワーがあるし、暴漢などから主人を守る程度のことはできる程度の俊敏さもあるしで、やはり鳥少女の足首をがっちり掴んで攻撃を防いでみせたのだった。




