慈愛(彼女らにそんなものがあるのかどうかは知らないが)
運転席で一人、気持ちの整理をしていた俺のところに、密がやってきた。そう言えば今日はあの日だったなと思ったが、彼女は俺の体をただ撫でるだけだった。
「もしかして、慰めてくれてるのか……?」
すだれのようになった前髪越しに俺を見詰める目が、どこか悲しげにも見えた。
それに気付いた瞬間、俺は密に抱き着いてしまっていた。すると彼女も、まるで子供をあやす母親のように俺を抱き締めて背中をポンポンとしてくれた。
これが彼女らの種族なりの仕草なのか、人間だった頃の名残なのかは分からない。ただ、たまらなくなってしまったのは事実だった。
悲しいのか悔しいのかやるせないのか分からないが、涙がこぼれて止まらなかった。
まったく。いい歳して情けないな、俺も……
もちろん、死んだのが普通のワニだったらこんな風に泣いたりはしなかっただろう。人間にも見える姿のそれが、病院のベッドで横たわる妹と重なってしまわなければこんな気分にはならなかった筈だ。
人間っていうのは実に面倒臭い生き物だよ。
ただ、それだからこそ今の密の振る舞いがぐっときてしまったりするんだけどな。それ自体は、決して嫌な気分じゃない。
「ありがとう…」
少し落ち着いた俺は、彼女の頭を撫でながらそう言っていた。俺が落ち着いたことを察したのか、密が安心したような目をしてるのが分かった。甘えるように体を摺り寄せてくる。
とその時、刃も俺のことをじっと見ているのに気が付いた。相変わらず表情は読み取れないが、もしかして俺のことを心配してくれていたのだろうか。
「はは…なんか本当に家族みたいだな……」
思わず呟いた時、エレクシアが戻ってくるのがウインドウ越しに見えた。
エレクシアは鳥を数羽、捕まえてきていた。そのうちの一羽を生きたまま刃に渡し、他はその場で〆て、一羽は屋根の上に放り上げ、残りは手際良く捌いて串焼きにした。
同じ死でも、やはり人間とは似ても似つかないものとなるとそれほど気にならないものだなってのを改めて感じる。生きるというのはこういうことだからな。あのワニ少女も、仲間に食われるにしても微生物に食われるにしても、そうやって他の命の糧になっていく訳だ。そう思えば、他の生き物の糧にもしないで死体を処分する人間の方が異端なのか。
昔は人間も遺体を土に返して微生物の糧にしたとも言うが、人間の数が多すぎて墓地の確保もままならないようになったことと、衛生上の問題から火葬するようになったそうだ。
ただ、特に環境の厳しい惑星やスペースコロニーなどの人工環境では、人間の遺体も貴重な資源ということで再資源炉で資源化されたりもするらしいが。むしろそっちの方が理に適ってるのかもしれないな。
とにかく、十五年経った今でも俺は妹のことを完全には割り切れてなかったんだって改めて気付かされたよ。だが、自分がそうだったってのを自覚させられたのは決して悪いことばかりじゃない。俺の中に人間らしい感情がまだちゃんとあったんだってことにも気付かせてもらったんだ。なんか、不思議とすっきりした気分でもある。
エレクシアによる鳥の串焼きを昼食にして、俺達は再び遡上を開始した。
ドローンカメラで何気なく鳥少女の様子を見ると、エレクシアが渡した鳥には手を付けず、しかし自分の足元に置いて、何度もそれを確認するように位置を直したりしてた。先に自分で魚を採って食った後だったから腹は減ってなかったんだろう。だから次の食事用にキープしているんだろうな。
遡上を開始してから既に百キロ以上にわたって上ってきたが、ようやく、川幅が狭くなり上流に来たんだなっていう実感があった。植生も変化が見られ、背の高い木が少なくなり、見通しのいい草原に近い景色だった。
途中、いくつもの川が合流しているところがあって、俺は全て左側を選んで上ってきた。エレクシアのマッピングにより帰る時も心配はしてないが、さすがにまずまず遠くまで来たなという印象はある。
ここからさらに遡上して山岳地帯に入っていくという選択もあったが、今回は取り敢えずここまでにしておこう。日も傾いてきている。ローバーを上陸させて、今日はここでキャンプだ。
気付くと、鳥少女は、キープしていた鳥を食べてしまったらしく、足元に置かれていたそれは見当たらなかった。
エレクシアが食料の確保に出ている間に、密がいつものを行って俺に甘えていた。正直、エレクシアを働きに行かせて俺は何をしてるんだろうとも思わなくもなかったが、ここでの俺の役目はこれなんだからと割り切るしかない。
「すまないな。なんかお前ばっかり働かせてるみたいで」
帰ってきた彼女にそう声を掛けると、
「何をおっしゃってるんですか? これが私の役目です。ロボットが働かずに何をしろと? 私は人間でも愛玩用のラブドールでもありません。メイトギアです。勘違いしていただいては困ります」
と言い返されてしまったのだった。




