水生動物(人魚ではなさそうだ)
翌朝、昨日一日降り続いた雨もやみ、朝食を終えた後、俺達は再び川を遡り始めた。
その間も、色々な動物を見かけた。主なものでも既に三百種を超えてるいる。だが、やはり基本的には恐竜的な動物から進化したものと思しき生き物が多かった。他は昆虫か。
密や刃、鳥少女のような生き物は完全に別の系統なのだということが分かる。人間の遺伝子に他の動物の遺伝子が取り込まれたかのようなこの変化は、ここにおいてもかなり特異なものなのだろう。
とは言え実は、また新たな人間型の動物を発見していた。今度は水生動物だ。プローブのカメラに、水中を泳ぐ姿が確認されたのである。
太く力強い立派な尻尾を持った動物だった。シルエットとしては人間にも見えるが、印象としてはワニに近いかもしれない。やや縦方向に平べったくなった尻尾をヒレのように使い、水中を自在に泳いでいる。最初の頃にも見かけた水中生物はこれだったのかもしれない。映像が鮮明じゃなかったからよく分からなかったのだ。
が、さすがに水中では俺としても出向くわけにもいかず、取り敢えず関わり合いになる可能性は低そうだ。
と思ったのだが……
「マスター。河岸に人型水生動物が倒れています」
周囲を記録していたエレクシアが不意にそんなことを言い出した。
「死体か…?」
野生なのだから当然、死ぬ時も自然の中で死ぬ。人間の姿に似たものが死んでいるとなればやはりいい気はしないが、これも摂理というものだろう。しかし。
「いえ、バイタルサインが確認できます。弱ってはいますが生きているようです」
エレクシアがそう言う。
『どうする…? 弱った個体が死ぬのは野生では当たり前のことだ。本来なら放っておくべきなんだろうが……』
だが、俺がやってるのは調査である。
『サンプルが手に入るのであれば入手を躊躇う理由もない…か』
「よし、少し早いが岸に寄せて休憩しよう。その上で状態を確認する」
俺がそう決めればエレクシアはそれに従うだけだ。
ただ、エレクシアが告げた場所にローバーを上陸させたものの、それらしいものが見えない。泥をかぶった流木らしいのが打ち上げられているだけだ。と思ったら、プローブ三機とマイクロドローン十機を放ち周囲の監視をしつつローバーを降りたエレクシアが流木の一つを抱き上げるとぐにゃりと形を変えた。泥まみれの流木に見えたが違ったのだ。
「ポンプをお願いします」
エレクシアに頼まれ俺が荷台からポンプを出してくると、泥まみれの水生動物を乾いた地面に下ろした彼女がポンプを受け取り、それで河の水を汲み上げて洗い始めた。ポンプには簡単な濾過装置も付いており、ある程度のきれいな水が出てくるのだ。
すると、泥がみるみる洗い流され、青黒い肌をしたそれの姿がはっきりと見え始めたのだった。
鱗っぽい表皮に太い尻尾。頭には髪がなくて代わりに鱗状のものがトサカのように広がっていた。やはり胸にはふくらみがあり、さしずめ<ワニ少女>といったところか。
「心音が弱っています。外見上は大きな怪我が見られないので病気かもしれません。現在の体温は三九℃。平熱が分からないのではっきりとしたことは分かりませんがかなり熱が高いのではないでしょうか。
どうしますか?。効果があるかどうか分かりませんが、医療用ナノマシンを注射してみますか?」
医療用ナノマシン注射は、他に適切な処置方法がない時に非常時の生命維持を目的に行われるものだ。各臓器の働きを補助することで命を永らえさせてその間に適切な治療法を探るための時間稼ぎとして主に使われる。
だが俺はここで躊躇ってしまった。ストックはまだ十分にあるが、効果があるかどうかも分からないのに使ってしまっていいのだろうか……
俺がそんな風に逡巡していると、
「心停止を確認しました。死亡です」
エレクシアが淡々とそう告げた。間に合わなかったのだ。
俺が躊躇わなければ助かっていたのかどうかは分からない。しかし、人間に近い姿をしたものが死ぬのは、やはり気分のいいものじゃなかった。
「いかがいたしますか?。サンプルとして回収しますか?」
ロボットらしく感情の込められていない声で尋ねてくるエレクシアに、俺は首を横に振った。
「いや、いい。河に戻してやってくれ……」
河に住む生き物なのだから、死ねば河に戻るのが自然だろうと思い、俺はそう指示を出した。
しかしその時、バシャッと大きな水の音がしたかと思うと、何かが河から飛び出してきてエレクシアに迫る。もっとも、そんなことで彼女が焦る筈もなかったが。
瞬時にそちらに向き直り、飛び掛かってきたそれを空中で捕らえて地面へと叩き落とすのが見えた。それと同時に、そいつの体の一部が翻ってエレクシアの体に打ち付けられた。尻尾だった。太い尻尾が彼女を打ったのだ。が、それも無駄な抵抗に過ぎない。ハンマーで殴った程度ではびくともしないエレクシアには何のダメージもなかった。
ビシビシと打ち付けられる尻尾のことなど意にも介さない彼女に抑え付けられたそれも、ワニ少女の同種のようだった。




