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キャサリン編 成人か否か

『十代半ばで人間としてちゃんと自分の力で生きていくことができるというのか?』


地球人社会の場合はまさしくこれだよな。今の地球人社会は元より二十一世紀頃の地球人社会でさえ<十代半ば>なんて本当に<ただの子供>扱いだったそうじゃないか。


なるほど十代半ばでも独り立ちして立派に自力で暮らしている者もいたかもしれないにしても大多数の十代半ばはそうじゃなかったと聞く。自分の判断が後々何を招くのか考えられるのがどれだけいた? 大人の欲望の捌け口になることが自分自身をどう形作っていくのか具体的な実感を伴って想像できるのがどれだけいたと?


実際には『未熟で愚かで自分自身に対しても十分に責任を持てない』と思うから見下したりしていたんだろう?


それを『肉体的には全盛期だから』なんて理由で都合のいい時だけ一人前扱いしようとか、よく恥ずかしくないなと呆れるよ。


『肉体的に全盛期である』


ことと、


『自分自身に対して責任を負える』


ことはイコールじゃない。たとえいくらかはピークを過ぎているのだとしても自らの判断に対して責任を負えるようになってからでいいんじゃないのか? 俺は<子供>を<欲望の捌け口>になんて考えたくもないね。


しかし、地球人としての感覚としてはそうでも、<朋群(ほうむ)人の感覚>としてはキャサリンはもう立派な<成人女性>なんだろうなあ。だからこそその辺りについてもしっかりと認識を煮詰めていかないといけないとつくづく思う。


そうだ。まだ十歳にも満たないとはいえキャサリンは紛れもなく<大人>として自らの力で生きている。決して<子供>じゃない。さりとて普通に大人として接する気になれるかと言うと、同じ年齢のはずのイザベラはまだまだ子供っぽい振る舞いが目立つわけで。そういう感じで<個人差>は大きいのも間違いない。


だから一律で『成人か否か』を語るとするならどうしても『大多数がある程度は成人として合理的な振る舞いができる』方に合わせる必要が出てくる気がするんだ。


その点で言えば今の地球人社会の<成人年齢>が本当に適切か否かは甚だ疑問ではある。実際、二十歳やそこらで『成人である』と考える人間すごく少ない。ゆえに、


『三十歳くらいでようやく大人の末席に加わる』


というのが実感だろうな。それもあり成人年齢の見直しも度々議論されるものの、


『三十歳までいろいろおあずけ』


ってことになると反対意見が多くなって決められないんだと。


まあ分からなくもないが、なんともはや。



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