キャサリン編 憧れの生き方そのもの
まあそれはさておき、相堂幸正についてももし救助できたならどう対処するかはその時に考えよう。ビアンカがどうしても『一緒にいたくない』と言うならその辺もある程度は考慮しなきゃならないにせよ、実際の状況を確認した上でないとやはり具体的には何も進まないだろう。彼女も今はそう言ってるが、
「もちろん私の我儘なのも分かっています」
とも言ってくれているし。
ああそうだ。自分の要望だけが一方的に通る社会なんて存在しない。だからこそ<戦争>なんてものも起こるんだろう? 自分の要望だけが一方的に通るならそもそも戦争にさえならないはずだし。
とは言え、ストレスを緩和するような手立ては打たないといけないだろうなあ。
が、それに対して久利生は、
「たぶん、その辺りはそこまで心配しなくていいと思うよ。ビアンカもユキもちゃんと大人だから」
柔らかい笑顔を浮かべながら言った。その信頼がどこから来るのかは俺には分からないものの久利生が言うならそうなんだろうという気もする。これは俺がそれだけ久利生を信頼しているということか。しかししつこいかもしれないが<次善の策>も用意しておかないとな。そのための<集落作り>だし。
『ウマが合わない者同士、反りが合わない者同士、それぞれに距離を置くため』
とはいえ、
『そこを選んだからこそ快適に過ごせる』
ものでないと当然ながら不満が出てそれがトラブルに繋がっていくなんてのはあまりにもありふれた話なわけで。でもなあ、一口に<快適>と言っても何を快適と感じるかは人それぞれな部分があるし、その辺も難しい。
すると、
「ユキは野卑な性分だからあまりきっちりと整ったものよりも粗雑に扱っても惜しくないものを好む傾向にあるかな」
久利生がアドバイスを。さらに、
「だいたい一人でなんでもできてしまうから、『至れり尽くせり』である必要はないと思うよ。むしろ自分に心地好い環境を自分で作ることを好むかな」
とも。
『なんか、<すごくよく分かってる感>が。実は仲が良いのでは……?』
とも思ってしまう。って、考えてみれば<相堂幸正の人物像>って、
『豪放磊落』
『自由奔放』
という印象だし、もしかすると久利生にとっては、
<憧れの生き方そのもの>
なのかもしれないなと思ったり。そういう点からも何をよしとするかは一面では測れないのを実感する。ゆえにビアンカが相堂幸正に対してあまりいい印象を持っていないようなのは<嫉妬>も含んだものである可能性もあるのか。




