キャサリン編 ちょっと大人びている
なるほど人間の場合(人間に限らないかもしれないが)自分でも自覚できない内に状態が非常に悪くなっているということはある。今の地球人社会ではそれこそメイトギアがバイタルサインを常にチェックしてくれてるからそこまで行く前にフォローもしてくれるが、『ロボットに管理されるのが嫌』で敢えてそれを避ける人間もいるからなあ。
昔の俺のように。
しかも自分の状態を客観視できない人間ってのは『客観視されることを厭う』傾向にもあるそうだ。だから他人から口出しされるのも厭う傾向が強いとのこと。
本当に面倒だよな。と、昔の自分を思い出すからこそそう思う。
とはいえ今じゃさすがにそこまで意固地でもないし、サディマもそういうタイプではないそうだ。だからこそ任せておけばいいと思うんだよ。
一方、キャサリンの方はと言えばぬかるんでいた地面も乾いたからかいつも通り狩りに出ていた。もちろんドウも一緒だ。
彼女がサディマのことを覚えているのかどうかすらその様子からは分からない。何かを気にするような様子も特に見せずそれこそいつも通りなんだ。
だが、『分からない』ことは『分からない』でいいと思ってる。それがすぐに問題に繋がるようなものであればさすがに放置はできないものの、キャサリンがサディマを気にしてるかどうかなんてのは、別に大きな問題になることじゃないしな。
サディマ個人としては気になるかもしれないにせよ、その彼もさすがに子供じゃないからそういう感情に強く引っ張られたりもしない。振り回されたりもしない。ただ淡々と端末に向かっているだけだ。
まあそれ自体がひょっとすると<気分転換>なのかもしれない。そうやって自分を落ち着かせることができる方法が確立されているのは大人としては当然だろうとも思ったりする。
そういう部分、キャサリンはどうなんだろうな。彼女は基本的に直情的で自分の感情に正直な部分は多分にあるという印象だ。しかし狩りが上手くいかなくてもキレて何かに当たるような素振りは今では見せなくなったし、その意味じゃ年齢の割に大人びている気もする。対してイザベラはやや感情に振り回されがちな部分も見られなくはない。さりとて実年齢が十歳にも満たないと考えればむしろ当然なんだろう。キャサリンの方がちょっと大人びているんだとも言えるか。
とはいえ同年代の子供達と一緒に過ごしているイザベラとすでに『巣立っている』のも同然のキャサリンとでは違っていても不思議はないんだろうとも思う。




