W117地区(調査開始)
光が大丈夫だと判断したなら大丈夫だと思うが、今日は灯のデビューの日っていうことな訳もあって、このまま通信は繋いだままにしておくことにした。なお、通信用の機器も、電波法の縛りがないのをいいことに高出力のものを作って、それぞれのローバーに搭載してる。加えて、調査に行った先には、通信の中継機にもなる母艦ドローンも途中に配しておく。これなら三十キロ程度の距離なら余裕で届く。
まあそれはさておき、
「うわ~! うわ~! すっごい!」
と、灯は感嘆しきりである。コーネリアス号まではシモーヌに連れられて行ったことがあるから遠出そのものは初めてじゃないものの、光やイレーネとの組み合わせというのが新鮮なんだろうな。
外に見える景色だって、ずっと密林の筈だから別に何か変わってる訳じゃないし。
ローバーを運転中の、メイトギアであるイレーネは、灯に対して当然あれこれ言わないし、光も灯の性格を分かってるからかもう構うこともなかった。好きに言わせておけばそのうち落ち着くと分かってるんだ。
で、コーネリアス号への道でもある河の支流である川を遡り、目的地であるW117地区に到着すると、光は黙ったまま調査の用意を始める。
「お姉ちゃん、私は何したらいい?」
そう尋ねる灯に、
「…私のすることをよく見ておいて。それが今日のあなたの仕事。それと、勝手なことはしないで。分かった?」
と言い放つ。愛想はないが、まったくの初心者の灯に何かさせようとするんじゃなくてとにかく自分の仕事ぶりを見せることで大まかな仕事内容を理解させようという光の配慮だった。
それに対して灯も、
「分かった」
と素直に応える。
が、灯は子犬のように好奇心旺盛でうずうずすると大人しくしてられないところがあるから、たぶん、何かやらかすことも光は想定してそう釘を刺しておいたんだと思う。実際に何かやらかした時に、
『だから何もするなと指示しておいたでしょ』
って感じで諭す為に。
ローバーを降りてからは、イレーネを通じて二人の様子を見る。するとさっそく<お出迎え>が。
「ほへっ!? ボクサー竜?」
灯が声を上げた。
灯の後ろから彼女を見ていたイレーネの視界にも、辛うじて、密林の木の陰に身を隠しながら様子を窺ってるボクサー竜の姿が捉えられていた。分かりやすいように画像処理されたイレーネのカメラ映像を見てるから俺にもすぐに分かったが、ぱっと見だと気づかないことも多いんじゃないかな。
さすがはタカ人間の血をひくだけあって目がいい。勘も鋭いんだろう。
そして、しっかりと警戒して身構えてる。俺達の家の周囲にいるボクサー竜は俺達がいかに厄介な生き物かよく知ってるから駿の群れ以外は近寄ってこないが、今、灯達がいる辺りだとそれは関係ないからな。




