未来編 敵にも味方にもする
『自分が他人からどう見えているか?』
人間として人間社会で生きていくならこれは本当に大事だと思う。
ただ、商業エンタメの世界で生きてる人間の場合、
『自分の作品やパフォーマンスがどう見えているか?』
を考えるのは重要だと思うものの、しかしこうなると今度は、
『自分の作品やパフォーマンスに対して金を出してくれる人間の顔色だけを窺っていればいい』
的な考えに陥ってしまうことも少なくないのかもしれない。実際、その手の商業エンタメ業界で生きてる人間が何か事件を起こしても、
『損失が大きいから』
『復帰を望んでるファンが多いから』
で戻ってこれてしまうことが少なくないという印象があった。それは同時に、
『大した損害にならない場合はそのまま存在自体がなかったことにされてしまう』
のも含んでのことでもありつつ。と同時に、『ファンに何を求められているかだけを気にしてればいい』的な錯誤を生じているから、
『ファン向けのスタイルや仕草がすべての状況で通用すると勘違いしてしまう』
のも少なくなかったのかもしれない。例えば、
『<ヤンチャな感じ>や<歯に衣着せぬ発言>が売りになっている場合だとファン以外に対してもそういう振る舞いをしてしまう』
みたいな話か。これは<インフルエンサー>にも当てはまるかもしれない。それこそ<迷惑系と称される配信者>なんかが配信の外でも日常的にそういう振る舞いをしてしまうなんてことも珍しくないわけで。
だから『自分が他人からどう見えているか?』は大事でも、
『自分にとって都合のいい人間の視線だけを気にする』
のは、『自分が他人からどう見えているかを考えてる』とは言えないんじゃないか? むしろ、
『自分が他人からどう見えているかをちゃんと気にしていると思い込んでしまう』
危険性すらあるかもしれない。『自分が他人からどう見えているか?』というのは本来、
『自分のことをロクに知らない無関係な赤の他人からどう見えるかについても客観的に考える』
必要があるはずなんだ。そうじゃなければ意味がない。もちろん<自分を嫌ってる人間><自分に対して悪印象を抱いてる人間>については、
<恣意的な見方>
をしている場合が多いだろうから『偏っている』ことも多そうだし気にし過ぎても逆に具合が悪いにしても、
<そもそも普段は意識もしてない人間に与える印象>
というのは、
『自分のことをよく知らない人間を敵にも味方にもする』
わけで、そこも疎かにしちゃ拙いと思う。




