未来編 危うさの裏返し
だが根本的な問題としてそもそも、
『自身の犯罪行為を正当化しようという発想を持つ』
というのが大きな問題だよな。俺だって別に『聖人君子として生きてきた』わけじゃないが自身のやらかしを咎められたらそこは、
『反省しなきゃな』
とは思ってる。そこで正当化して言い逃れようとまでは考えてない。俺がまだ大学に通い始めたばかりの頃、アルバイト先で大きなミスをしてしまったんだが、そのことを両親に打ち明けたら、
「そうか。失敗は誰にでもある。きちんと自分の口で謝罪してきなさい」
「それでもしクビになっても大丈夫。必要なお金は出してあげるから」
って言ってくれたおかげで俺は腹を括って改めて店長に謝ったよ。そしたら店長も、
「ちゃんと反省してるんならそれでいい。こっちもロボットにフォローさせなかったのは失敗だったと思ってるから」
そう丁寧に応えてくれたよ。実際、いつもはメイトギアがミスがないようにフォローしてくれてたんだがその時は調子悪くてメンテナンスに出してたらしいんだ。ただ普通はそこで代わりのメイトギアを手配するところが、
「まあどうせ半日くらいだから大丈夫だろ」
と店長が判断してそのままにしてたと。で、タイミング悪く俺がミスってしまったわけだ。だからそこで、
『代わりのロボットを用意しなかったのが悪い!』
的に逆ギレせずに素直にミスを謝罪したことに店長は感心したと。それからは店長に気に入られていろいろ気を遣ってもらえたりしたな。そこでもし俺が逆ギレして自分のミスを有耶無耶にしようとしてたらきっとその後の安穏としたバイト生活はなかったと思う。
だから俺が今の俺になれたのは両親の影響が途轍もなく大きいし、イジメなんて犯罪行為を正当化しようという発想を持たないのもあの人達のおかげなんだ。だからこそ俺は<親ガチャ>という言葉にも実感があるんだよ。両親に感謝すればこそ。
俺がこれまで綴ってきた考え方のすべてが俺一人で生み出せたものだと思うか? 俺自身が考えて導き出したものもないわけじゃないにしてもその道筋そのものは結局のところ親をはじめとした<先人達>が記してくれたものが基礎になってるはずなんだよ。
『他者を敬う』
というのも結局はその実感があればこそだよな。未来達にもこの実感は引き継いでいってほしいと思ってる。まああの子達は俺みたいに理屈っぽく考えなくても感覚的に染みついてるかもしれないが。それが一番だよな。
俺のこの理屈っぽさは俺自身の<危うさ>の裏返しでもあるし。




