陽編 日常の一部そのもの
こうやって陽と和と麗が本当に波風の立たない、他人から見たら退屈過ぎる平穏な日々を送っている中でも、世界そのものは決して止まることなく動いている。
その証拠に、今日、凱がついに息を引き取ったんだ。いつものように子供達にじゃれつかれるままに寝ていた姿のままで。そんな彼の異変に最初に気付いたのは子供達だった。いつも自分達が遊んでいるのを穏やかに見守っていてくれた<おじいちゃん>の様子が変わったのを察してしまったんだ。
うっすらと目を開けているものの自分達の誰のことも見ていない。撫でてもらおうと手のところに行けば撫でてくれるのに反応がない。なにより、体があたたかくない。彼に寄り添ってそのぬくもりに包まれて寝たりする子供もいるのに、今日は誰もそうしなかった。あたたかくないからだろう。
<命のぬくもり>
が失われてしまったんだ。
子供達は<おじいちゃん>を起こそうとしてか体中を舐めてくれていた。毛繕いしてくれていた。けれどもうおじいちゃんは反応してくれない。
すると子供達の何人かが、
「みーっ、みーっ」
と鳴き声を上げ始めた。なぜかは分からないが不安を覚えてしまったんだろう。すると他の成体達も異変に気付いて近付いてきて、一緒に彼の体を舐め始める。
彼がどれだけ仲間達に慕われていたかが分かる光景だと思った。走が亡くなった時にもここまでじゃなかった。走に対しては<尊敬>と<畏怖>を感じていたからだろうか。ボスとしてある意味では一線を引いていて、『慕う』というのとは少し違っていたのかもしれない。
対して凱は、仲間達から『慕われて』いたんだと思う。ボスとして頼りにしながらも親しみを覚えていたんだろうな。
走と凱、どちらがよりボスとして相応しかったのか俺には分からないし、それを詮索しようとするのは二人に対する<不敬>だとも思う。あくまで走と凱は<そういうボス>だったはずなんだ。俺がとやかく言うのもおこがましい気がする。
そして子供達の様子がいつもと違っているのに気付いたのは陽と和だった。
「祖父ちゃん、なんかおかしくない?」
「ちょっと見て」
二人が声を掛けてきてくれたことで俺も画面に目をやることができた。この時、エレクシアは萌花と錬慈に付き添って密林に入っていて、イレーネはドーベルマンDK-aと共に哨戒に出ていたんだ。加えてセシリアも家事が忙しくてバイタルサインをチェックできていなかった。
こんな時もあるさ。
それにあんまりにも穏やかな<日常の一部そのもの>って感じの最期だったしな。




