陽編 地獄への道は
時間的には<昼食>と言えるその食事だが、陽達ははっきりと決まった時間に食事を摂るわけじゃなかった。食事ができるチャンスがありその時点で空腹感があれば食べる感じだな。それでもまあ、おおよそは昼食と言える時間に食べるようだ。基本的に普段から食事ができる場所を含んだルーチンをこなしてもらってるからか。
陽と和はすぐに食事ができない状態になってもその理由が理解できるから我慢もできるにせよ、麗にそれを理解してもらうのは難しい。だからいつでも食事ができる状態にしておく必要があるんだよ。
もちろん野生の状態だと常に必ず食事にありつけるとは限らないものの、野生の生き物の場合はどうにか餌にありつけるように行動するからな。人間のように『仕事を優先する』という感覚がない。だからこっちの都合に無理に付き合わせるつもりもないんだ。<ペット>なら人間の都合に合わせないといけないとしても、麗はペットじゃないしな。
よく熟した果実を頬張り満足そうな様子の麗を陽も和も嬉しそうに見てる。この三人の関係性は、地球人には理解できないかもしれないが、俺自身も正確に理解できてる自信はないが、地球人の物差しじゃ測れないことだけははっきりしてると思うよ。
そんな三人の関係に水を差さないようにしたいと俺は思ってる。余計なノイズで壊したくないと思ってる。それは、誰に対しても思いは同じ。新と凛についても、焔と彩についても、同じだった。その上で、当人達が出した結論には余計な口を挟まないようにしてるだけだ。
人間ってのは、そっとしておけばいいものを余計な口を挟んで過度な干渉をして相手に無用なストレスを掛けることが少なくない生き物だからな。そういうところが俺も苦手だ。妹の光莉のことでは本当に<苦手>じゃ済まない怒りも覚えたしな。しかも当人は善意のつもりでやってたりするのも不愉快だ。
『地獄への道は善意で舗装されている』
とはよく言ったものだと思うよ。もっともこの言葉はニュアンスが異なる二通りの意味があるらしいが。一つ目は俺も元から知っていた、
『悪意どころか善意のつもりでやったことが相手を傷付け苦しめることもある』
というのと、
『善意を持ちながら実際に善行に移さなかったがゆえに地獄に落ちる。つまり地獄へ至る道には形にされないままに捨て置かれた善意が敷き詰められている』
的な意味合いだそうだ。
後者の方のニュアンスは俺もエレクシアから教わるまで知らなかったから基本的には前者のニュアンスが一般的に思われてる気がする。




