陽編 自分と噛み合わない部分
そういえば深と弦も、最初はすごく仲がいい感じだったのに、深の妊娠がはっきりした途端に弦は姿を消したんだよな。
群れを作るレオンと違ってパルディアはあくまで単独なのが基本だから雌に子供ができると雄は他の雌を求めて去っていくんだよ。まあそれ以上に妊娠して苛立っている雌に『追い払われる』形と言ってもいいかもしれないが。実際、深はすごく気が立って弦に牙を剥いてたりもしたからなあ。
草原にて群れで暮らすレオンの場合はそれなりに距離を置きつつ群れとしての機能は保ってるもんだが、ちょっと離れただけで姿が見えなくなる密林で単独行動するパルディアの場合は後腐れなく関係を解消するようだ。深の方も未練を見せなかったし。
『野生の動物と人間を一緒にするな!』
と言うかもしれないが、自分に都合がよければ野生の動物の習性を引き合いに出して自身の行いを正当化しようとする一方で都合が悪ければ『一緒にするな』とは、本当に自分に甘いよな。俺はそういうのは恥ずかしいことだと思う。ただ<人間>ってのは誰しもそういう面を持っているというのも承知してるつもりだし、そこを承知してなければそれこそ『自分以外の誰かとずっと一緒にいる』なんてのはできないだろうな。
結局はそういうことなんだろうさ。人間である以上はどこかしら自分に甘かったりするし完璧には決してなれない。そんな人間と一緒に暮らすというのは、
『相手のそういう部分とどう折り合いをつけるか?』
ってことに尽きると思う。<相性>とか<価値観>なんてものもなんだかんだでそこに含まれるんじゃないか? 自分と噛み合わない部分は大なり小なりあるだろう。でもそれが<人間>なんだ。ロボットでさえすべてが自分の言いなりになってくれるわけじゃないんだから、生きてる人間なんてそれこそだ。自分が他の誰かにとって完璧に都合のいい存在になれない事実を理解してれば分かるはずなんだ。
自分は他の誰かにとって完璧に都合のいい存在になれないのに、他の誰かが自分にとって完璧に都合のいい存在になれるはずがない。なのにそれを相手に求めずにいられない人間はつまるところ『認知が歪んでる』ということなんだろうな。そうじゃなきゃ事実は事実として認識できるだろうし。
陽も和も、理屈の上ではまだ十分に理解できていないかもしれないが、感覚的には分かってくれてるんだと感じるよ。普段の様子を見ているだけでも。
そして自分の身内が概ねそれをできてくれていれば、割と穏やかに生きていけるんじゃないか?




