陽編 なんとも皮肉な話
ああそうだ。『生と死が隣り合わせ』であることと『生き難いと感じる』こととは直接は関係ないんだろうな。ただ、『死を遠ざける』ために社会システムを整備すればするほど複雑化し、それに適応していくにも膨大な知識や理解が必要になっていくんだろう。
それは人間の脳のリソースを大きく食い、圧迫する。単純に『生きるか死ぬか』が問題でそれに対処していればよかった時には、掛かるストレス自体もシンプルだったのかもしれない。いや、実際にここで生きていくだけなら目の前に生じた事態に対処すればいいだけだから確かにシンプルなんだ。
『生き延びることそのものが難しい』
という問題はあるものの死んでしまえばそこから先は何も考える必要ないわけで。
『より安全に生きるためにあれこれ対策を講じれば講じるほど社会は複雑になり適応するのが難しくなる』
なんとも皮肉な話だな。だから地球人社会では、システムの整理を行い普段の生活の中においてそこまで難しく考えなくても済むようにしていくことが望まれているのかもしれない。
考えてみればメイトギアをはじめとしたロボットが地球人社会に存在する諸々の<齟齬>がもたらす厄介なあれこれを受け止めてくれて緩和してくれているのもそういうものの一環だよな。人間自身がそこに頭を悩まし苦しまなくても済むようにしてくれてるんだから。
だがそれ自体がまだまだ道半ばであり解決していかなきゃいけない部分が多いんだろう。社会システム自体の効率化も進めていかなきゃいけないし。ゆえに<生き難さ>が解消されていくのはこれからなんだろうさ。
でも、ここにはまだそんな面倒臭いあれこれがない。<命を守るためのシステム>は構築されつつあるものの、それは地球人社会の仕組みを真似たものだ。しかも地球人社会が試行錯誤を行う中で生じた諸々の<実情にそぐわない瑕疵>をそもそも排除した形なんだよ。地球人社会ではまずロボットを導入する際に、
『人間の仕事を奪うな!』
という反対運動が起きた。それを抑えるために様々な法律を作り理念を正しく理解してもらうための啓蒙活動も行われたが、そういうのにも反発する者はいた。そんな風に人間同士がいがみ合う様子を見て陰鬱な気分になる者もいたんじゃないか? まあ俺もそんな人間の一人だった覚えがあるが。
いつまで経ってもくだらないことで憎しみ合う<人間という生き物>にある種の絶望を覚えてたんだろうな。
その点から見れば俺にとっても<生き難い世界>だったよ。地球人社会ってのは。




