陽編 最適な相手
まるでただのピクニックのような楽し気なパトロールを終え、陽と和と麗が集落に帰ってきた。
その途中、鋭とすれ違い、玲とメイに遭遇し、
「一緒に帰るか?」
陽が問い掛けると、
「……」
「……」
玲は黙って頷き、メイも母親に倣った。言葉を交わすわけじゃないが、必ずしも馴れ合うわけじゃないが、互いに<仲間>であることは承知していて、こうやって挨拶を交わすことくらいはしてくれるし、気が向けば帰り道を一緒にする場合だってある。その姿が本当に気持ちを和ませてくれる。
さらに、
「おかえり! 陽、和、麗♡ あ、玲とメイも一緒なんだ。おかえり!」
錬慈を抱いた萌花が五人の姿に気付いて迎えてくれた。
あたたかい<家族の光景>だ。そしてそのまま、
「ただいま」
陽と和が声を揃えて挨拶し、
「ただいま、祖父ちゃん」
「ただいま、錬是」
光莉号脇に張ったタープの下で<朋群製AI>用のアルゴリズム作成作業をしていた俺にも声を掛けてくれる。そんな二人に俺も、
「おう、おかえり。飯の用意はできてるみたいだぞ」
顎で光の家を示しながら応えた。こんな何気ない<家族のやり取り>さえできない家庭があるらしいが、家族でありながら赤の他人同士よりも冷え切った関係の家庭もあるらしいが、俺に言わせればそういうのは本当に残念だと思うよ。
どうして縁あって<家族>になったのにそれを蔑ろにしてしまうんだろうな。
<自分以外の人格を有する相手との接し方を学び予行演習をするには最適な相手>
のはずなのにわざわざそれを台無しにしてしまう意味が俺には分からない。そんな家族とさえ真っ当な人間関係を築けない者がどうして赤の他人と良好な関係を築けると思うのか。
別に<仲良しごっこ>をしろと言いたいわけじゃない。たとえ家族であっても別の人格を有する<自分とは別の存在>である以上は必ずしも気が合うとは限らないのも事実だろう。けれど、それならそれで玲やメイのようにお互いに適度な距離を保つのを心掛ければいいだけなんじゃないのか? と思うんだ。
まあそれも、親が自ら子供に示してこそのものなんだろうけどな。そうして実際に<手本>を示すことで子供もそれを学べるはずだとつくづく感じる。赤の他人がそれを教えてくれるのを期待するのは甘え以外の何ものでもないさ。
ただ、それを『甘えだ!』と詰っているだけじゃ意味はないのも事実だと思う。『できない人間にはできない』のも事実である以上、できないことを責めたところで何も解決しないわけで。




