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陽編 野暮の極み

ああそうだ。地球人は今の社会を作り上げてることで生き延びてきた。誰かが個人的に思っている<優秀な人間>だけを生かしそれ以外は切り捨てることで<素晴らしい世界>を築いてきたわけじゃない。そのまったく逆で、


『生きる価値のあるなしに関わらず人間は見捨てない』


ことで自分達を生かそうとしてきたんだ。そして現に生き延びてきた。これこそまさに<適者生存>だと俺は思う。地球人の<戦略>は地球人を生かすのに適していたんだよ。


そもそも野生の生き物であっても、決して<強い者>が生き延びるわけじゃないし、『生まれてきた意味を持つ者が生き延びる』わけじゃない。なにより<生まれてきた意味を持つ者>なんて野生の世界には存在しない。そんなものを野生の生き物は考えないしな。考えないというのは『存在しない』のと同じだ。<生まれてきた意味という概念>が存在しないんだから、それを前提とした考え方は成立しない。


どこまでいっても、


『生き延びた者が勝ち』


なんだよ。まあそれは決して『長く生きることが勝ち』を意味するわけじゃないのも事実だが。と言うかやっぱり、<意味>なんてもので考えようとするから訳が分からなくなるんだ。(ほむら)(さい)の生涯を<意味>で説明しようとするのは二人の存在そのものを『貶める』ことにしかならない気がして仕方ない。二人が自分の命を全うしてくれたことを人間が一方的に意味なんてものを用いて説明しようとするのは<野暮の極み>だとしか思えないんだ。


だからヒスイの命についても、俺達は<意味>で語ろうとは思わない。ヒスイはヒスイだ。誰が<親>だろうと関係ない。彼女はこの世界に生まれてきて、そして今、確かに生きてる。アリニに支えられて自分を見ようともしない母親の乳房に吸い付いて自らの命を全うしようとしている。重要なのはこの事実だけなんだよ。


そして彼女には、アリニとドラニがついている。ドーベルマンMPMやホビットMk-Ⅱがついている。この現実こそが重要なんだ。その上で、彼女が自分の人生をどう生きるかは、彼女自身に委ねられてる。俺達は彼女自身が自らの人生を生きられるようになるまで力を貸すだけだ。だからこそ俺達も自身の命を誰かに否定されたりせずに済んでいる。


誰かの命を否定する者は自身の命も誰かに勝手に否定されることも覚悟しなきゃおかしいだろうさ。


俺はそんなのは真っ平ごめんだけどな。俺の価値は俺が決める。俺自身の人生において。



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