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陽編 スペースコロニーの意義

<地上では行えない実験などを行うための設備>や<工場>としてはスペースコロニーは非常に優れた施設だった。何しろ多少リスクのあるそれであっても地上にはまったくといって影響が出ないし、万が一なんらかの影響が出るような事態に至っても宇宙規模の<距離>が<対策を行うための時間的余裕>となって地上を守ってくれる。


工場なんかの場合にはそもそもそのために作られるんだから<近隣住民からのクレーム>なんかも生じないわけで。


まあこうなると<スペースコロニー>じゃなくて<プラント>と言った方がいいんだろうけどな。


それでも<人間が生きていけるための人工環境>が大前提になっているのもあって、昔ながらのスペースコロニーという呼称が一般的になってるのもあるらしい。そこで働く者達とその家族が普通に暮らしてもいるんだからまあ実感としてはそっちの方がしっくりくるんだろう。


俺も何度か<研修>なんかで行ったことがあるが、<実験設備>や<工場>としての機能はあくまでそこの一部であって、印象としては確かにスペースコロニーだったなあ。


植民惑星の周囲にも<プラントとしてのスペースコロニー>は建造されることが多いわけで。


で、その場合は、あくまで<仕事のために一時的に住む場所>だし、ちゃんと地上にも住居などは確保されてるから何かあれば地上に下りればいいしで、リソースについてそこまでシビアに考える必要もないんだよ。


結局、<スペースコロニーの意義>はその程度に抑えておくのが無難なんだろう。ガチの<生存圏>として確保しようとすると切羽詰まってしまうんだろうさ。


余裕がなくなるんだと思う。


なんだかんだ言って人間は地面に足をついて生きるのが一番なんだろうな。それが一番安定するんだと感じる。


惑星(プラネット)ハンター>として何年も地上には下りず宇宙船の中で暮らしてた経験を持つ俺自身の実感だ。


そうしてる間は気にならなかったんだが、たとえ不時着という形であっても地面に足をついて暮らし始めてからはなんか気持ちも落ち着いたし。最初の頃の<バカンス気分>はまさしくそれだったんだろうなと改めて思うよ。


もちろんエレクシアがいてくれたから『身の安全は保障されてる』という前提があってではありつつ。


だからこそ人間として生きる上で<身の安全は保障されているという実感>は大事だと思うんだ。そこを蔑ろにしてちゃ精神的な余裕を持つこともままならない。


<セーフティネット>というのはそういう面も大事なんじゃないか?



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