陽編 この世界における現象の一つ
ルイーゼと斗真の間にヒスイが生まれて一ヶ月半以上が過ぎた。しかしやはりルイーゼと斗真には<子供への愛情>と思しきものはその兆候すら見られない。二人は完全にヒスイのことを、
<勝手に家に住み着いた生き物>
としか思っていないようだ。俺なんかにはまったく理解できない感覚だが、実際に地球人にもそういうのはいる。そして『邪魔だから』という理由で殺してしまったりするのもかつてはいたそうだ。まあ、把握されていないだけで今でもそういう事例もあるのかもしれないが。
しかし、メイトギアが導入されている家庭では『およそ有り得ない』と言ってもいい話だな。何しろ『自宅で一人で出産する』なんてことができない。メイトギアは家人のバイタルサインを常にモニターしているから妊娠なんかしたらメイトギアが把握しないはずがないんだ。そして妊娠が判明したらメイトギアはそれを全力でサポートしてくれる。加えて、母親に子供への愛情が芽生えなかったとしても、メイトギアが代わりに世話をしてくれる。そこで死なせれば<殺人>や<保護責任者遺棄致死>を問われることになるから、そうならないように守ってくれるんだよ。
そう、『子供を守る』だけでなく、『母親が罪に問われないように』守ってくれるってことだ。
アリニもドラニもそうだしドーベルマンMPMやホビットMk-Ⅱも同じく『ルイーゼや斗真を守るために』ヒスイを守ってくれる。まあここにはまだ<殺人や保護責任者遺棄致死を罪に問うための法律>がないからそれを問うこともしないが。
とはいえ、『人道上好ましくない』というのも事実だし、俺達だっていい気はしないしで、そういう意味でもロボットは動いてくれる。人間を守ってくれる。
結果、ルイーゼも斗真も<親として責任>はほとんど果たしていないものの、それも問題じゃない。
『命が生まれる』
のは、どこまでいっても、
<この世界における現象の一つ>
にすぎない。そこに<意味>も<価値>もない。ある物質とある物質が触れ合うと<化学反応>が起こるのと同じで、<そういうもの>でしかないんだ。
しかし人間である俺には『生まれてきた命を蔑ろにする』ことはできない。俺の気持ちや感情がそれを是としない。俺自身が養育することはできなくても、そこまでのリソースはなくても、<社会的なリソース>としてはすでにヒスイを生かしておくくらいのことはまったく問題なくなってるんだ。
だからヒスイには生きてもらう。そして、
『自らの意思で自分の人生を生きる』
ようになってもらうさ。




