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陽編 皮肉な事態

そうだ。


『家督を継げる適性がないから他の誰かに譲って自分は自由気ままに生きよう』


と考えることがかつてはできたそうだが、メイトギアが実用化され、かつ性能が向上し、加えて<人間の心理についてのノウハウの蓄積>が進むにつれて、<家督を継ぐには適さない人間のサポート>もより的確に行えるようになっていったそうだ。


これにより、


『家督を継げる適性がない者であってもそれから逃れることができなくなった』


という皮肉な事態が生じたりしているらしい。


しかしその一方で自身の状況を敢えて受け入れ開き直った者の中には、『家を守りながら』舞台役者になった者や音楽家になった者や映画監督になった者や作家になった者もいる。


<家業>や<社交の場>においては<腹話術の人形>になりきってサポート役のメイトギアの言われた通りに振る舞い役目を果たし、それ以外では自身の夢にリソースのすべてをつぎ込んだ結果だとも。もちろん誰もがそうなれるわけじゃないが。


なにしろ久利生(くりう)の場合は、『医師になりたかった』のが『軍人になれ』だから、しかも、<お飾りの士官>ではなく実際の武勲をあげる生粋の職業軍人であることを望まれたから、メイトギアのサポートも限定的にならざるを得なかったとのこと。当人の代わりに戦場に出るわけにもいかないからな。


だから全ての事例に当てはまるわけじゃないのも事実ではありつつ、<一般論>にできるほど当たり前に起こってることじゃないのも事実ではありつつ、それと同時に、挑戦もしないで諦めてしまうことを正当化できるほど<夢物語>でもないのも事実なんだろう。


とは言え、そもそも<家>に対して強い嫌悪感を抱いているからこそそこから逃れたいと願う人間にとっては逆に迷惑な話なんだろうな。それも分からないでもない。


そういう意味では自身の人生を誰かの都合で決められてしまうというのははっきりと苦痛なんだと思う。『それは望ましくない』という認識は広く浸透しているものの敢えてそれを受け入れようとしない人間もいるのは、これまた事実。


でもなあ、『誰かの都合で人生を決められてしまうのは望ましくない』という認識が浸透した社会において、昔ながらの、


『家を何より優先しようとする考えに執着する』


というのは、子供が、


『家を継ぐのを強要されることに反発する』


のと何が違うんだ?


『家を継ぐのは当たり前だ』


と考ているのはそれを是とする当事者だけなのも事実だろう?


『せっかくここまで続いた家を途絶えさせるのは惜しい』


と考えているのかもしれないが、それも結局は<個人の主観>でしかないからな。



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