陽編 子供だからこそ持ち得る資質
『自分を先に認めてほしい』
それが許されるのは幼い子供のうちだけだろう。陽や和も、『自分を先に認めてほしい』からこそ<子供らしい愛らしさ>を発揮してたわけだしな。
ああそうだ。<子供らしい愛らしさ>は、先に自分を認めてもらうために、愛してもらうために備えられたものなんだろうさ。ここで何人もの子供達を見てきたからこそそう思う。
その<子供だからこそ持ち得る資質>について俺は存分に活かせてこそだとつくづく感じる。それをしっかりと発揮させてやることこそが<大人の役目>だとな。そうじゃなきゃ人間という種は歪んでしまう。無駄に強い力を自らを傷付けるために活かしてしまうようになる。そう感じるんだ。
その点、光も灯も陽も和も、存分に<子供だからこそ持ち得る資質>を活かしてきてくれたよ。そのおかげで今がある。大人としての頼もしさを備えつつあると同時に、<真っ直ぐな健やかさ>も損なわれていないんだ。
光はすっかり大人びた様子ではあるものの、それはまあ人生経験が上書きされることで身に付けていったものだからな。基本的に彼女の本質が変わってしまったわけじゃないのは見ていれば分かる。外見的には老化抑制処置が実用化される以前の地球人の三十代半ばくらいの印象でありつつ、穏やかで朗らかな部分は幼い頃とほとんど変わっていないんだよ。変わる必要がなかった。
生きていくためには苛烈な対処が必要になるのは事実の世界でも、野生の生き物はそれこそ生まれたその瞬間から自身を生かすために苛烈な振る舞いができるしな。種によってはそれこそ自身の親や兄弟姉妹さえ躊躇いなく食う。
実際、ヒト蜘蛛は母親の体内で卵から孵って自身の兄弟姉妹を食い、生き残った者が母親の体から出てくる。それでも、生まれたばかりのヒト蜘蛛の幼体には、地球人の感覚では<愛らしさ>が備わってたりするんだよな。
もっとも、ヒト蜘蛛に<肉親の情>なんてものは備わってないのが分かってるから、あくまで地球人の遺伝形質の名残りでしかないみたいだが。これはヒト蜘蛛という種が<虫>の生態を主にしてるからだろう。生まれた瞬間から親の庇護を受けず自力で生きていくタイプの生き物は、親の庇護欲を駆り立てる必要がないからそういう形態を獲得しなかったのかもな。
対して鳥の多くや、胎生という形で子供を生む生き物の多くは、我が子がある程度成長するまで守り育てる習性がある。そのために親の庇護欲を駆り立てる必要があったからそうなっていったらしい。




