陽編 犠牲を強いるという連鎖
音のことは、陽と和もちゃんと労ってくれた。
「お疲れさま」
画面越しではありつつもそう声を掛けてくれたしな。
もし、凱が亡くなった時には、それぞれ代表者だけが集まって<葬儀>を行なおうと思ってる。走の時のようにほぼ全員が集まるというのはいろいろレオン達に対する負担も大きくなってしまうのが確認できたわけで。
単純に人間側の都合だけで考えるなら親戚がそうやって一堂に会する機会があるのはありがたいにせよ、まったく野生の生き物に関わることのない地球人社会でならそれもアリだとしても、ここじゃそれも望み薄だ。今の地球人社会のように完全に自然環境と切り離した社会を作り上げられるわけじゃない。その事実をちゃんと認められる人間でいなきゃな。大人が現実と向き合うこともできなくてどうして子供が現実と向き合えるようになれると思えるのか。
『ちゃんと顔を合わせてこそ分かることもある』
のは事実であっても、それは誰かに犠牲を押し付けてまでしなきゃいけないことか? 『親戚が一堂に会す』みたいな機会でしかできないことか? 個別に機会を設けて顔を合わせれば済む話だよな。
人間(地球人)というのはどうにも自分の都合こそが他のいかなる状況よりも優先されるべきと考えてしまいがちな生き物でもある。本当に困ったもんだ。
それがどれだけの不幸を生み出してきたか、少し考えれば分かるはずなんだが。だいたい、日常生活の中でさえ『強引に親戚同士で集まらされる』のを苦痛に感じてるのも数多くいたはずだ。それをネットなどで愚痴ってた人間も無数にいたよな。で、そうやって自分がやらされたからといって『お前も同じ目に遭え』とばかりに他者に強いるなんてのは、子供じみてると思わないか?
だからこそ俺はそれを蔑ろにはしたくない。
まあ、俺達の中で『親戚同士集まる』のを苦痛に感じているのは今のところいないが。ルイーゼくらいか。露骨に嫌がりそうなのは。
しかし彼女以外にも、水帆や玲やメイはそういうのに付き合わされるのは苦手そうだ。特に水帆の場合は、
『長時間、水を離れるのは苦痛になる』
という事情もある。そういう個別の事情もかつては一部の誰かの都合によって蔑ろにされてきた。そうやって犠牲を強いられてきた者がまた他の犠牲を強いるという連鎖を生み出してきた。
それも事実だったよな。
そういうのが分かっているのに見て見ぬふりをするのが本当に<大人として適切>か?
俺にはそうは思えないな。




