ルイーゼ編 エピローグ
ルイーゼと斗真の子は、
<ヒスイ>
と名付けられた。名付け親は久利生。もちろん宝石の<翡翠>からとったものだ。フルネームは、
<ヒスイ・トーマ・バーンシュタイン>
ミドルネームは当然、父親の斗真からだな。
しかし、ルイーゼにも斗真にも、<親としての愛情>なるものはまったく芽生える様子もなかった。勝手に漏れ出てくる母乳の処理のために授乳はしてくれるもののそれはアリニの補助を受けてであり、ルイーゼ自身はその間も変わらず鉱物の研究に没頭していた。
だがそれを責めるつもりはない。地球人社会でなら批判する者も出てくるにしても、ここにはそんな人間は今のところいない。野生の動物でも生まれた子供を親が育児放棄して育てないなんてことは珍しくもないし。野生の動物の場合はそこで命を落とすのがほとんどではあるものの、<人間という種>は<特殊な習性>を持つからな。親に育児放棄された子供であっても養育するのは別に難しくないさ。養育を引き受けてくれる人間も現れたりするし、なにより今ではロボットがいる。そしてヒスイも、アリニとドラニおよびホビットMk-Ⅱらの活躍により問題なくすくすくと成長してくれていた。
NICUに入っていたのも一ヶ月弱。その間に体重は二キロ近く増え、身長も倍近くになった。どうやら基礎的な身体機能はルプシアンである斗真のそれを受け継いだようだ。低体重で生まれたことが原因の<障害>もなく、健康そのものだった。成長速度から見ても授乳が必要なのは半年程度かもしれない。母乳が出る限りはルイーゼには申し訳ないが協力してもらおう。それくらいの手間は我慢してもらうさ。もっとも、ヒスイを支えているのはアリニであって、ルイーゼはただ乳房を放り出してるだけだが。
ヒスイに乳を吸われててもルイーゼの集中力は妨げられないようだ。本当に大したものだよ。<母性>には目覚めなくてもそれは彼女の<価値>を損ねるものじゃないだろうな。そもそも俺は<価値>で人間を語ることはしないでおこうと思ってるが。
命はどこまでも<ただの命>だ。<価値>なんてのは地球人が後付けでこじつけた虚構の概念でしかない。それぞれが自らの命を全うすればいいだけなんだ。あくまで地球人はその特殊な習性ゆえ<諸々のしがらみを無視できないという癖>があるからついつい振り回されてしまうだけでしかない。それすら気の持ちようでどうにかなってしまう程度のものなんだよ。
だからヒスイ、何も心配しなくていい。お前は望まれて生まれてきたんだ。




