ルイーゼ編 新しい命を歓迎する
焔と彩が人生の幕を閉じても、俺達の日常はこれといって変化を見せることなく続いていた。<命>というのはそもそもそういうものだと改めて実感する。<特別な命>というのはあくまでそう感じる者の個人的な感覚であって、普遍的な意味でのそれが存在するわけじゃない。
『その命が失われれば世界が終わる』
なんてのは物語の中にしか存在しない。これが現実だ。でも、それでいい。それでも焔も彩も俺にとっては<特別な命>だった。これもまた事実なんだよ。
そしてまた今日、<俺にとっての特別な命>を迎えることができた。予定日よりはまあまあ早かったが、<ルイーゼと斗真の子供>が無事生まれたんだ。
体重は千八百グラムと明らかに<低体重>ではあるものの、医療用ナノマシンまでは用いてない、新たに用意した<NICU>でも十分に対応できる程度にはしっかりとした命を持っていたんだ。
事実上の早期分娩ではあったもののその辺もあらかじめ想定していたから慌てる必要もなかった。いざとなればコーネリアス号に移送する準備も整えていたが、アリニドラニ村に用意した設備でも問題なかった。無痛分娩のためにナノマシン注射を用意した程度で。胎児も小さかったのもあってか初産にも拘らず実に安産だったそうだ。
けれど、生まれてきた赤ん坊を見てもルイーゼ自身には何の感慨もなかったとのこと。そして斗真も同じく。
だが、それでいい。それで構わない。赤ん坊に危害を加えないでいてくれればそれ以上は望まない。
『そんなこと言ってたら、人間は自分の子供に愛情も抱けなくなるだろ!』
とか言うのもいるかもしれないが、無痛分娩が普及し始めた頃にもそんなことは言われたが、『そういう個体もいる』のはどんな生き物でも変わらないし、人間の場合はそもそも特殊だから『今さら』だ。それに懸念されたほど、
<子供への愛情を持たない個体>
が確実に増えたことを示すデータもないそうだ。そもそも本当は愛情なんか抱けていなかったにも拘らず世間体を気にして『愛してる』などと口にしていた者も多かったそうだしな。
単純にその辺りの<潜在的なもの>が表面化することで数字上は増えたように見えた時期もあったらしいものの、実態としては大きな変化はなかったとも言われている。
愛情を持てる者はそもそも持てるし、持てない者はどんなに綺麗事を並べても持てないというだけの話だろうな。
ルイーゼと斗真が自分達の子供を愛してくれなくてもいいさ。それでも俺達は新しい命を歓迎するよ。




