ルイーゼ編 価値を語りたがる生き物
地球人はとにかく『何を為したか?』で個々人の価値を語りたがる生き物だが、人間(地球人)以外の生き物はそもそも<価値>なんてものを考えるか? ただただ生まれて生きてそして死んでいくだけだよな? <生き物>なんて本来はそれでいいはずなんだよ。そもそも<生きる意味>や<価値>だとかに拘っている人間(地球人)の方がむしろ歪なんだろうさ。
人間(地球人)が何をやろうと<宇宙そのもの>には何の影響も与えないしな。それどころか、<人間(地球人)という生き物>が存在したという事実すら宇宙全体から見れば塵ほどの意味も残らないと感じる。
だから、生まれてきたのならただ生きて生き切ってそして命を終えればそれでいいはずなんじゃないか?
『難しく考えずにシンプルに生きろ』
と言うのなら、そもそも<生きる意味>なんか考える必要もないんじゃないのか? 俺はただ、自分に何ができて自分がこうしたいと思うことを可能な限り実現できればそれでいいと思ってる。それで十分だと思ってる。
だから水帆が『社会の役に立つ』かなんてどうでもいいんだ。そもそも光や灯以外の俺の子供達が<社会>にとって何か役に立ったか? 立ってないんだよな。焔と彩もそうだ。明や翔や彗は俺達の集落に外敵を寄せ付けない役目は担ってくれてたものの、本人はまったくそんなこと自覚してなかったわけで。
<社会>を成立させるためには個々人がそれなりに責任を負う必要もあるものの、そのことを自覚してない人間の方がむしろ多いんじゃないか? なのに地球人社会は成立してた。自覚はあるに越したことはないにせよおそらく<必須>ってわけじゃないんだろうさ。
ルイーゼや斗真にしたってそうだ。当人達は、
『自分のしていることが社会の役に立ってるかどうか?』
なんてそもそも気にしてさえいない。二人がしていることをできることを俺達の方が勝手に役立ててるだけなんだ。<人間社会の仕組み>なんて基本的にはそれでいいのかもしれない。
もちろん、個人個人が自覚して意識的に支えていくのが望ましいし、できる者はそうするべきだとも思うんだが、それが行き過ぎると、
『無能は生きる価値もない』
って<選民思想>に至る危険性も高いしな。まあ結局のところ、<力のアウトソーシング>ができるようになったがゆえにその辺については自覚しなきゃいけなくなっただけで、抑制的に振る舞わないといけなくなっただけで、そもそも『生きる』だけなら自覚も何も必要ないんだろうとは感じるよ。




