ルイーゼ編 そういうのはしたいとは
<星渡る風>の件は焔と彩にはまったく関係のない話のようでありつつ、実際にはそれがなければきっと二人もこの世界に生まれてきてない可能性が高いんだろうな。地球人が外宇宙に進出するのももっと時間がかかっただろうし。
産業革命後の科学技術の進歩の速度からそれこそ百年や二百年といったタイムスケジュールで実現が可能だと想像されていたらしいが、実際にはそんな単純な話じゃなかったということだ。なにしろ<車輪>が発明されてから<自動車>が発明されるまででも一説には五千年くらいの時間がかかってるという話も聞いた。画期的な発明があれば一時期大変な勢いで進歩はするもののそこからまた<次の画期的な発明>まではえてしてそんなものなんだろう。俺が暮らしていた頃の地球人社会はそんな感じでゆっくりとしたペースの進歩をしていた状態なんだろうさ。
そもそも、人間(地球人)が想像できる範囲内のほとんどを実現してしまったから、それ以上のものは切実に求められていなかったというのもあるだろうし。
俺の妹の光莉が患ったような<不治の病>はあっても罹患率は十億人に一人とかいうレベルだったそうで、それに比べれば<雷に直撃されて死ぬ確率>の方が上ともみられていたしな。だからそこまで切迫してなかったんだろう。実際に罹患した当人とその家族にしてみればとんでもない話ではあるが、<他人の不幸>なんてえてしてそんなもんだ。俺が地球人社会を見限った理由の一つでもある。
とはいえ、俺だってまったく見ず知らずの誰かが同じ病に侵されたとしても、同情こそすれ真剣に何かをしようとは考えなかっただろうから、そこを憤るのも筋違いなんだろうなと今は思う。『憤らずにいられない』のは事実にしてもだ。
だからこそ焔と彩のことも、無闇に憤るのは避けようと思う。ましてやそれを理由に誰かに八つ当たりするなんてのは本当に愚かだよな。当人にとってはそうせずにいられないにせよ、八つ当たりされる側からすれば理不尽以外の何ものでもない。
メイトギアの<役目>には、
『そういう理不尽な八つ当たりを受け止める』
ことも含まれているそうだ。心や感情を持たないからこその役目だな。心や感情を持たなくても<人間のような振る舞い>が可能だから成立するとも言えるか。
『物に八つ当たりする』
のと、
『他人に八つ当たりする』
のを同時に行ってるようなものだしな。
さりとて、俺はもうそういうのはしたいとは思わない。




