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ルイーゼ編 偏るものじゃない

だが、俺がどれほど思案していようとも、ルイーゼも斗真(とうま)もそんなことはまったく気にしていないだろう。人間社会においても、為政者が何を考えているのかロクに気にしてもいない一般市民の方が多いだろうな。と言うか俺自身、地球人社会にいた頃にはそんなこと真剣に考えたこともなかった。精々、


『どうせ自分らがいい思いをすることしか考えてないだろ』


くらいにしか。


まあ実際に甘い汁を吸いたいだけの連中も少なくなかったんだろうが、しかし本当にそれだけだったら地球人社会なんて成立してないだろうというのが今なら分かる。実際、


<一人の為政者がすべてを自由にできる完全な独裁国家>


が長続きした例はないしな。そもそも一人の人間が本当にすべてを担うなんてできると思うか? 俺にはできないしそれができるということを想像もできない。もしそんなのが可能な人間がいたとして、同じことができる人間が必ず現れるか? そうじゃなかったからその手の国は続かなかったんだろう?


体裁上は独裁という形をとっていても行政上の実務はシステム化されてそれを運用できる人間がいれば取り敢えずは成立するという場合ならそれなりに続いたのもあったんじゃなかったか?


だから<社会>ってのは、諸々複雑なあれこれが絡み合った状態で、かつそれらをシステマチックに成立させる仕組みが必要なんだろうさ。<民主主義社会>はそれを構成する一般市民自身が社会を成立させている<担い手の一人>であると自ら自覚し考えなきゃいけないが、その一方で、すべての市民が等しくそれができるわけじゃないのも承知してないと駄目だろう。『それができる人間しかそこで生きる資格がない』なんてことになればそんなのはただの<選民思想>だしな。


ルイーゼや斗真(とうま)のように自分の関心事にしか意識が向けられない人間だって現に存在するわけで。


『できるのにやらない』のならそれは<甘え>や<怠惰>であっても、『そもそもできない』場合もあるのを分かってないと<民主主義社会>なんてのは成り立たないだろ。それができない人間にも<主権>は等しくあってこそのものなわけで。


とは言え、そんな人間ばかりになれば問題も大きくなるだろうというのも事実。が、実際にはそんな人間ばかりになることはないだろ。<個体差>というのはある特定の形質にだけ極端に偏るものじゃないし。


できる者もいればできない者もいる。それが当たり前なんだ。その当たり前を承知することが肝要なんだろう。



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