とどめを(勝負は決したからな)
「イレーネ、とどめを刺してやれ…」
俺の命令に、彼女は「はい」と短く端的に応えた。
とは言え、ヒト蛇の方も大人しくやられてはくれない。血を撒き散らしながらも体を起こし、イレーネに襲い掛かる。逃げるのではなく、襲い掛かってきたのだ。
このあくなき闘争心、比類なき狂暴性、こいつが何を考えているのかなんて俺には分からないが、その強烈な存在感については、忘れられそうにないよ。
だから俺はこいつを、蛟と名付けた。
蛟は水中や水辺に棲む蛇に似た怪物らしいが、基になった不定形生物がまさに水辺に棲むから、それから連想したってわけだ。
凄まじい執念を見せる蛟の攻撃は、大勢は決したと思しきイレーネを相手にさえ執拗に続けられた。右手右脚の義手義足を失い、左手脚だけで戦うイレーネも、当然、引き下がることもない。俺に命じられたとおり蛟にとどめを刺すべく、血まみれの体で挑みかかる。
だが、その凄惨な戦いは突然、終わりを迎えた。
イレーネのステータス画面が赤く染まり、突然、ガクンとその場に倒れ伏す。バッテリーが尽きたのだ。
しかし、無線給電機をここまで設置してきたことで、給電は常に行われているから、すぐにまたある程度は動けるようになる筈だが。
突然倒れたイレーネが力尽きたと見たのか、蛟は彼女の腹に食らいついた。もっとも、その牙はイレーネのボディはさすがに食い破れない。
何度か噛み付いては見せるものの、その感触に<食べられない>と察したらしい蛟が諦めたように離れると、イレーネが再び体を起こした。戦闘モードでの全力稼働は無理だが、通常の動作くらいは可能だった。ただし、通常の力ではさすがにこの蛟にとどめを刺すのは難しいだろう。
と、その時、闇に紛れるようにして何かの影がその場に忍び寄っていたことに、俺はようやく気付いた。
「凱!?」
思わず声を上げたとおり、それは紛れもなく凱と旋、及び凱派のライオン人間達だった。狩りに出た時に、たまたま出くわしてしまったのだろうか。それとも、風が巻いて血の臭いを運んだのだろうか。
完全に獲物を仕留めようとする猛獣の目付きで、蛟に襲い掛かる。
蛟が万全の状態なら恐らく凱達に勝ち目はなかったに違いない。いくら右手脚が無いと言っても要人警護仕様のメイトギアであるイレーネでさえ手を焼いた奴だ。
だがこの時にはもう、蛟は大量の出血により本来の力を失っていたに違いない。凱をはじめとした四人のライオン人間と、それを守ろうとするイレーネの前に徐々に動きが鈍っていくのが分かったのだった。




