細菌(まあ、ここで暮らすには大事だからな)
ローバーの表面はナノマシンコーティングが施されているからこの程度の細かい傷なら放っておいても消えるが、あの鳥人間の爪はかなり強力な武器だということがこれで分かった。エレクシアが相手ならさすがに問題なくても、密や刃にとっては油断できない相手ということだな。
俺がそんなことを思っているところにエレクシアが戻ってくる。
「マスター。細菌類、ウイルス類の分析結果が出ました。現時点で検出された細菌類、ウイルス、微生物については現在の装備で十分に対処が可能です。
なお、一次解析の結果、一部の細菌のDNAが私達の既知のものと一致しました。その殆どが地球上で発見されている細菌のものです。一部、他の惑星由来のものも含まれていますね。結論を出す為にはさらに詳細な分析を行って確度を上げなければいけませんが、これは、何者かが細菌をこの惑星に持ち込んだ可能性を示しているものと思われます。
推測するに、地球に住んでいた、もしくは大規模テラフォーミングの上で開発された惑星の入植者がこの惑星に降り立ったのかもしれません」
「そうか。ありがとう」
密や刃の由来が地球人である可能性が高まった時点で予測できてたことだから、エレクシアの推測は驚くほどのことじゃない。むしろそれがますます裏付けられていった感じだ。それにそのこと自体はもうどうでもいいんだ。俺はもうここを脱出してどうこうって思ってるわけでもないしな。
とにかく、現状の装備で対処が可能っていうのが確認できればそれでいいんだよ。平穏に暮らしていくには大事なことだから。
医療用ナノマシンは、今のところ十分にある。だから多少の怪我や病気なら何とかなる。が、それも決して無限じゃない。なるべく節約はしていきたいからな。怪我や病気は用心しなきゃ。
ましてや対応できない細菌やウイルスがあったらその時点でアウトだ。俺は死ぬまで宇宙船から出られない。老衰で死ぬとしたら、長くてあと百年余り。ずっと引きこもりはさすがに辛い。
七十年ほど前に発見された当時はあまりに地球に似通った環境だった為に文字通りの<第二の地球>ともてはやされた、リヴィアターネという惑星がある。だがそこにはとんでもない風土病があり、それの拡散を防ぐ為に今でも厳重に封鎖されているそうだ。その風土病をもたらすウイルスは、抗ウイルス薬どころか、ウイルスを物理的に捉えて排除することもできる抗ウイルスナノマシンすら欺いて無効化してしまうという、現在でも有効な治療法が発見されていない異常なものだった。
もしそんなものがここにもあったりしたら、それこそお終いだ。まあ、さすがにそこまでのものはないから今もこうしていられるんだろうけどな。
いずれにせよ、用心に越したことはない。ただの猛獣ならエレクシアがいればそれほど心配もないが、細菌やウイルスや微小な寄生虫が相手ではさすがにどうしようもない。割とお気楽なサバイバル生活ではあっても、やはり未知の惑星ではそういうリスクもある。拠点とも言うべきこの場所については早々に調べてあったが、行動範囲を広げるなら、随時、確認していかなきゃならないってことだ。
今はこの種の確認作業も、本来は、危険な作業などを人間に代わって行うレイバーギア辺りがやってることなんだがな。さすがにそこまで揃える余裕はなかった。
ローバーの点検も済み、河に潜むリスクについても大まかなところは確認も済み、いよいよ明日から本格的に河を遡ってみようと思う。その際に用いるドローンやプローブもローバーに積み込み、非常用の食糧も積み込み、準備は万端だ。
俺がその作業を終えて一息ついていると、密がまた、すり寄ってきた。二日に一度の例の日課だ。自分の脚で俺の脚を挟んでぐりぐりと擦り付ける。
この時に彼女の体からは独特の匂いが出てることを俺も気付いていた。女性が性的に興奮してる時に出てる匂いの更に濃い奴だ。恐らくフェロモンの一種なんだろうと思うが、さすがに野生だな。そういうところも強い。
ちなみにこの匂い、感じ取れない男もいるそうだ。そういう男って、どうやって女性がその気になってるかどうか確かめてるんだろうと気になっていたが、ついにそれを確かめることはできずに終わりそうだな。
密はもうすっかり俺のことを信じ切って身を任せてる。なのに応えてやれないのが申し訳なく思う。
…いや、応えることができない訳じゃない。エレクシアに密の体について調べてもらったが、毛深いことと筋力が俺より強いこと、足の形がサルのそれと同じく手の役割もできるものになってることを除けば、普通の人間の女性と変わらない体をしているらしい。だから、最後までしようと思えばできなくはないのだ。
ただなあ、やっぱり俺の好みとはズレてるんだよなあ。妹とか娘とか、そんな感じなんだ。
ああところで、密がエレクシアに体を調べられた辺りのくだりだが、どうやらこの<群れ>の序列において彼女はエレクシアを自分より上だと認識してるらしく、体を触られたり調べられたりしても大人しく従ってたそうだ。
この辺り、群れる生き物ってのはきちんとそれを抑えるとやりやすいな。




