絶体絶命（強すぎる…）
完全にウエイトでは負けているイレーネだったが、彼女がそんなことで泣き言を漏らす筈もなく、淡々と＜対処＞した。
本来なら圧倒的に上回るであろうスピードの面でも、右脚が＜ただの棒＞でしかない義足ではそれも発揮できず、たびたびバランスを崩しては、ヒト蛇の一撃を浴びるという姿を見せる。
弾き飛ばされ、地面を転がりながらも体勢を立て直し、何度でも挑みかかる。
だが、ヒト蛇の方も、イレーネの戦い方を承知したのか、致命的な一撃はもらわない。
イレーネの狙いは、ヒト蛇の体の柔らかいところから手刀を突き入れ、体を引き裂くことだろう。はっきり言って、戦闘用のロボットの＜貫手＞は、肉の体を持つ生き物にとってはナイフや銃よりはるかに恐ろしい武器だと俺は思う。
貫手と見せかけて殴ったり掴んだりと、変幻自在だからな。
イレーネにはそれが左手にしかないからいくらかしのぎやすいというだけだろう。
見ればいつの間にか、簡素な義手でしかなかった右手は滅茶苦茶に壊れていた。ヒト蛇の攻撃を受け止めきれなかったということだ。
当たり前だが。
左手と左足だけでよくこんな＜怪獣＞と戦ってると思うよ。その姿を見てると、胸が詰まるような気分にさえなる。
「…頑張れ…！ イレーネ頑張れ……！」
いつしか、タブレットの画面を見ながらシモーヌがそう声を出していた。その気持ちも分かる。
何度倒されても、何度ふっとばされても、彼女はすぐさま立ち上がり、ヒト蛇に挑みかかった。
俺も体に力が入り、拳を握りしめ、喉がからからに乾いてくる。
そしてその緊張が最大に達したその時、
「あっ！？」
シモーヌが息を呑んだ。俺ももちろん、その意味を理解した。
もう何度目かも分からずに地面を転がったイレーネがそれでも立ち上がろうとして踏ん張ろうとすると、ガクン！と彼女の体が傾いた。右の義足が無茶な使い方に耐え切れず、折れてしまったのだ。
その僅かな隙を見逃さず、ヒト蛇は恐ろしく太くて長い体を一瞬でイレーネへと巻きつけた。いくら彼女でも、こいつに全力で締め上げられては、関節部が耐え切れないかもしれない。関節が変形してスムーズに動けなくなれば、それこそ本当に人形のように部屋の隅に座って、ただ光の話し相手をするだけになってしまうかもしれない。
彼女はそれでも自分の境遇を嘆いたりはしないだろう。ロボットだから。だが俺は、そんな姿を見たいとは思わない。
「イレーネっ！！」
叫んだ俺の目の前で、彼女の体はみるみるヒト蛇の胴体に巻きつかれ見えなくなってしまったのだった。
