閑話休題 イレーネLJ10 その3
そんなイレーネも、今ではすっかり日常の一部として馴染んでしまった。
改良によりバージョンアップを繰り返してきた義手義足は緻密な動きが可能になり家事全般や多少の土木作業なら難なくこなせるようになったことで目立った違和感を覚えなくなったというのが一番の理由だろう。
<一般的なメイトギアが備えているはずの人間としか思えないような振る舞いができないという不具合>
についても、そもそも最初からそれほど気にされてはいなかった。なにしろ錬是のエレクシアも、
『愛想よく振る舞えない』
という点では同じなのだから。
エレクシアの場合は元々<そういう設定>が行われていたのもあったが、加えて前のオーナーによる無茶な改造が原因でこちらも多少のバグを抱えていたがゆえに、
『そういうメイトギアに慣れていた』
のも大きいだろうか。
元よりメイトギアが見せる<人間としか思えないような振る舞い>はあくまで、
<そういう機能>
でしかない。人間が持っているような<心の働き>では最初からないのだ。だからこそ<人間としか思えないような振る舞い>ができなくても、
『突拍子もない振る舞いを見せるわけでもない』
のもまた事実。むしろ、
『ただロボットらしく振る舞っている』
と言った方が適切だと思われる。『余計なことをしないだけ』なのだ。
それもあって、錬是が彼女のことを殊更意識したりというのもなかった。これは、
<人間の日常をサポートするロボット>
としてはむしろ好ましいものと言えるかもしれない。
地球人社会においては、
『人間にストレスを与えない』
という点が重視されるあまりいささか<過剰な仕様>になっていたというのも否めなかったと思われる。錬是はむしろ『ロボットがあまりにも人間のように振る舞う』のに対して強い違和感と嫌悪感さえ覚えていたのだから。
もちろん『人間のように振る舞ってくれる』のを望む人間も多かったことで、むしろそれが大多数であったことで、<そういう機能>が磨かれてきたという事実もある。あるが、全員が全員同じ望みを持つわけじゃないというのも現実だ。
だからこそイレーネは受け入れられていた。彼女のような存在を受け入れることを是とされていた。
地球人社会であれば『壊れている』として、しかも型落ちの旧式のロボットとして、もはや修理されることもなく<再資源化>に回されていたであろう彼女にも<居場所>はあったのだ。
ロボットでさえそのように扱われるのだから、ましてや<人間>の場合はどのような事情を抱えていようとも見捨てられることはない。




