焔と彩編 親はいつか必ず
ついこの前までスッポンポンでそこらじゅうを走り回って跳び回ってとしてた陽と和が<一人前の口>をきくようになって、俺は胸の奥がグッとなるのを感じた。
子供の成長を実感するというのは、つくづく心に染み入ってくるよな。これもまた<心というものの働きの一つ>だと感じる。
もっとも、だからといって全ての人間が同じように感じて当然とまでは思わないけどな。実際、陽の実の母親で和の育ての母親である光は平然としていたし。
かと思うと、父親である順は、
「ひなた、えらい! まどか、えらい!」
と涙ぐみながら二人を褒めていた。姿こそは地球人とほとんど変わらないものの光と違って<純粋なパパニアン>であり俺達と出逢うまでは普通にパパニアンとして生きてきたはずの彼がここまで<人間としての感性>を獲得できるとは思っていなかった。それだけ光に惚れてて彼女の影響を強く受けたというのが大きいのかもな。
とはいえ、光が平然としてるのに対してこれというのは、もしかするとこういう時は父親の方が感じ入ってしまう傾向がそもそもあるのかもしれないなとも思う。
<男>ってヤツはなんだかんだと強がったりイキがったりしがちなもんだが、そもそも本質的には<なよなよした部分>があるからこそそれを隠そうとするんだろうか。
これについてはともかくとして、陽や和が立派に成長してくれた点については純粋に喜ばしいよ。それどころか感謝の気持ちでいっぱいだ。
新のことが頭をよぎりつつ、こうやって次の世代が育ってくれば前の世代は退場していくのが摂理というものだよなと改めて思う。俺だっていつかはこの世から去る。これは生き物である限り避けようのないものだ。だからこそ、
『どう生きたか?』
というのが重要になってくるのかもしれない。その点、新はちゃんと生き切ってくれたと感じる。俺にはそう思える。だからこそ悲しいと同時に『お疲れ様』と感じられるんだろうな。
新にとって陽は<甥っ子>で、和にいたっては<義理の姪っ子>であってそれこそ血の繋がりもないが、<連なり>はちゃんとあるんだよな。
そして新が育てたレトとルナも、立派に育ってくれている。人間(地球人)のような反応を見せてくれてなくても、悔やんだり悲しんだりしてくれていなくても、それを咎める必要性は感じない。
どんな形であっても<親>はいつか必ず子供の前からいなくなるものだ。その上で新は我が子を守ってみせたんだ。本当に立派だよ。
俺にとっては<自慢の息子>だ。
間違いなくな。




