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焔と彩編 死を選ばずにいられない人間

<死を選ばずにいられない人間>


を否定したところで、必ずしも自殺を思いとどまるとは限らないだろ? もちろんそれによって思いとどまる例もあるとしても、全部がそうじゃない。


人間ってのはえてして、


『勝手に期待しておいて自分の思い通りじゃなかったら勝手に失望する』


という部分があるよな。自殺を望む人間に対しても、


『可哀想』


と評して同情を向けて、それで自分の思っている通りの反応を見せなければ、


『恩知らずが!』


的にキレたりもする。


自分が他の誰かからそんな風にされれば不機嫌になったりするくせに、自分は自分以外の人間に対してそういうことをするんだよ。


俺達は、子供達の前でそういう振る舞いはしないように心掛けて、それが当たり前になってしまわないようにしていかなきゃと改めて思う。


単なる同情ではなく、ただただ真っ当な気遣いができるようになっていってほしい。


それでも、生身の人間の場合は、ロボットほどは淡々とは振る舞えないのは分かっている。そこまで期待はしない。そんなことを期待しておいてその通りにしてもらえなかったとキレるのもしたくないしな。


とは言え、ついつい期待してしまったりするのは<人間の性>というものだろうというのも分かってる。俺だって無意識に期待してしまっている時はある。それは否定しないしできない。<事実>だからな。


だからって最初から諦めたり開き直ったりなんてのは情けなさすぎるだろう。


大人として。親として。


自分以外の人間が自分の思ってる通りに振る舞えないことは当たり前なんだ。そうじゃなければむしろおかしい。それをわきまえてない人間が多いから、


『自分を殺してしまいたい』


と追い詰められるのも出てくるんだ。


こう言うとそれこそ<他者を追い詰める自身の行い>を正当化しようとするのが湧いて出てくるだろうが、あのなあ? 


『自分を殺してしまいたいと考えるほどに追い詰められる人間は、自分自身を否定されてきたからこそ蔑ろにされてきたからこそそうなった』


って理解してるか?


中にはそれとは違ってたりするのもいるにしても、『そういうのもいる』のは事実のはずだよな。


(ほむら)(さい)(あらた)(りん)も、地球人社会でなら場合によっては死を選ばずにいられなくなるほど追い詰められていた可能性はあるだろうさ。


だが、野生の場合は、そうやって近親者をパートナーに選んだからといって自殺するまで追い込まれたりはしないんじゃないのか? そんな事例は見たことがないな。


俺もシモーヌも。



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